第39話 琥珀菓子(2)


(1-続)



「……忌み子?」


「この髪色と瞳の色は『忌み子』です。人に忌み嫌われるものです。街を歩けば、きっと皆がいやな顔をします。どこに出向いても、決して望まれるものではありません……私と一緒に歩けば、ディートフリート様にもご迷惑が」


「忌み子がどうした?迷惑などと、そんなつまらない事を気にする前に」


公爵は手に取った箱を私に手渡し、再び「開けてごらん」と促す。


——つまらないこと。

忌み子を連れて街を歩くの、あなたは、いやではないのですか——。


「これを見た途端、君の顔が浮かんだんだ」


無精髭の中にある唇が、うなづきながら緩やかな弧を描いている。


「……——」


私は言葉をなくしたまま、手渡された箱に手をかけた。銀泊で縁取られた上蓋の中央には、羽を広げた鳳凰が絵描えがかれている。

そっと触れれば紙の蓋はふわりと持ち上がり……薄紙の中から茜色の砂糖菓子が、甘い香りを立てながら箱の中いっぱいに顔を覗かせた。


「……夕陽の、色?」


「他の色も混ざっていたのだが、全て詰め替えてもらった。箱のまま部屋に持ち帰って、好きな時に食べるといい」


「きれい——…宝石みたい」

「綺麗だろう?君に早く見せたかった」


「私……嬉しくて……。また泣いてしまいそうです」


それは困る!公爵は目を細め、微笑んだ。


「でも、どうしてっ。言いつけを破った私に……『ただの人質の』私なんかに、優しくしてくださるのですか」


それは——、と呟く瞳が困っている。

こんな事を聞けば困らせてしまうのくらいわかっている。だけど、近頃ずっと抱いてきた“疑問“の理由が、どうしても知りたくて。


「え、あ……前に君が言っただろう、なんと言うか、その……。私と君が似ていると。私はいつからか君に、人質以上の親近感を抱いてしまったようだ」


「でもあの時は私、何も知らなかったので……。ディートフリート様は、私とはぜんぜん違います!似ても似つかないですっ」


「なぜ今更、そんな事を言い出すんだ?」

「だって……」


——あなたにはちゃんと、恋人も、いましたし。


「誰にも好かれない、存在自体が忌み嫌われる私とは違います」

「私とて世間の嫌われ者だ。今日は久々に街に出て、あからさまにそれを感じてきた。人々は私に怯え、嫌悪の目を向けてくる。お互いに孤独だと、そこが似ていると君は言ったのではなかったか?」


「ディートフリート様。あなたは、とても素敵な方です。皆んなから怖がられているのは、きっとそのお髭と髪のせいです。お身体も大きいから、威圧感が全面に出て猛獣さながらに見えるのです。あなたという人そのものを嫌っているのではありません」


唐突にノックの音がして、入室してきたメイドがティーセットを乗せたカートを部屋に運び入れた。

ティーカップに注がれる紅茶から湯気が昇るのを、膝の上に片腕を立て、口元に拳をあてた公爵がじっと見つめている。


さっきの私の言葉は、公爵にどう聞こえたかしら。

私と違って素敵な人だと伝えたかったのに、風貌の事を指摘したりして、かえって失礼だったかも知れない。


「あの……、ディートフリート様」


メイドが退室したタイミングで、公爵に声をかけた。


「私がお伝えしたいのはっ——…」


ティーカップを手にした公爵が私に顔を向ける。

膝に腕を立てているので、お顔がとても近い!



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