第38話 琥珀菓子(1)




「落ち着いたか?」


ぐっしょり濡れたハンカチを握りしめ、勇気を出して顔を上げる。


「……はい」


鼓動を叩く音はもう聞こえないけれど、二度も泣いたせいで目蓋が痛いくらいに腫れている。こんなに酷い顔を公爵に見られて……恥ずかしい。

それに、お菓子を差し出されて号泣するなんて!自分でも意味不明すぎて笑っちゃう。


見れば私の真横に公爵がいて。

目の前に飛び込んだのは、白い礼服の胸のボタン……そういえば、こんなに接近したのは初めてだ。


おもむろに見上げれば、前髪の奥のエメラルドの瞳が心配そうに私を見下ろしていた。間近に揺れるその虹彩は、とてもとても綺麗で——。


「そんなに怯えた目をしなくても」

「ぇ……」


「『鶺鴒セキレイの間』に入ったのをとがめられる覚悟で、謝りに来たのだろう……?まだ私が、怖いか?」


怖いか、と、問いかける言葉に驚いて、何度もまばたきしてしまう。


「君を怯えさせ、泣かせるようでは、私もだ」

「怯えさせるなんて、そんな……っ」

「ではなぜ泣いたのだ?」


「それは……」


あなたの優しい言葉が、こうしてまた会えたことが、嬉しくて——。


「お、お菓子が、嬉しくて」


って、違うでしょ……!

いつも肝心な時にまともな言葉が出てこない。


上の方でフッと笑った気配がした。

公爵は「それが理由だとは思えないが」と小さく呟き、テーブルの上の箱に手を伸ばした。


「買い物は好きか?菓子を泣くほど喜んでもらえるとは思わなかったな。今度は二人で街に出よう。昔から公爵家が懇意にしている茶菓子の名店があるんだ」


いいぇ——私なんかが。


『忌み子』の私なんかが街の中を歩くなど、許されるはずがありません。

あなたに、恥をかかせてしまいます……!


「一緒にだなんて……そんなこと」


無意識に何度も、首を左右に振っていた。

そんな私を見て公爵は首を傾げる——そのうち「そうか、」と目蓋を伏せた。


「こんな風貌の私が一緒だと、リリアナに気まずい思いをさせてしまうな」

「ち、違いますっ。気まずい思いをするのはディートフリート様の方です。私は『忌み子』、ですから」


「……忌み子?」





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