第37話 涙の理由(2)



(1-続)



熱くなった胸をドクドク叩く音がする。自分でも驚くほど、色々なことを思いつめていたようだ。


身体の『あざ』——父親からの虐待の痕跡のことを、公爵に知られていた。

リュシアンからそう聞かされたとき、なんだか自分の裸を見られてしまったような恥ずかしさと、いたたまれなさで心が一杯になった。


公爵には知られたくなかった……どうしてだか、わからないけれど。


自分を見失い、気がつけばピアノを弾いていた。

そして公爵を——失望させて。


荷造りをするようにとの言いつけに、お城を追い出させると思い込んだ。

公爵に、もう二度と会えないのだとも。



「……良かった、です」



言葉と一緒に零れ落ちてきたものに、驚いてしまう。


「やだ、私ったら——」


ごめんなさいと謝る言葉が、余計に目頭を熱くさせて。困ったことに、あふれる涙が止まらない!

お城に来てから涙腺が緩くなってしまったのか。涙は今日だけで二度目じゃないか。


「リリアナ、どうした?!」


両手で顔を覆う私の、頭の上から声が降ってくる。こんな私に驚いてなすすべもなく、公爵が困っている姿が目に浮かぶのに。

涙はあとからあとから流れ出て、指の間をすり抜けて膝の上にポツポツと落ちた。


二人がけのソファがギシッと音を立てる、向かい側にいた公爵が、どうやら隣に座ったみたい。人の気配って不思議で——。

見えていないのに、そばにちゃんと感じるの。


そのとき、公爵の手のひらが頭の上に伸びてきて、私の後頭部に触れようとしたことには——気付かなかったけれど。

後頭部の代わりに背中に触れられ、見れば真っ白な絹のハンカチが差し出されていた。


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