第36話 涙の理由(1)
*
「…——申し訳ありませんでした!」
開口一番に深々と頭を下げた私に、侯爵はどんな目を向けたのだろう?
執務室に案内され、扉が開いてからも、私は顔を上げることができなかった。
「禁じられていた事を、して——…」
きっと、いいえ絶対にっ。失望、されましたよね……?
あれほど強く命じられたことを破り、禁断の部屋に入ってしまった。
それに訳ありっぽいピアノまで、勝手に弾いてしまったんだもの。
お城に来てから一度も鍵盤を叩く音を聴いていないのに、禁断の部屋に置かれたピアノには
きちんとお手入れしているのに、どうして誰も弾かないのだろうか。禁断の部屋に置かれているのだし、公爵が弾くのかしら?
「——
突然に言葉が掛けられて、はっと顔を上げる。
窓際の書卓に着座している公爵は、変わらずのお髭と前髪で表情が見えない。
でも、声は優しい……。
「はい、ユリスが案内してくれたので」
「そうか」——…と一言あって、私がまだ動けずにいると、
「そんなところに立っていないで、
穏やかな声色に少しだけ安堵して、おずおずと書卓に向かえば、立ち上がった公爵に書卓脇のソファに座るよう促された。
「今、お茶を用意させているところだ。紅茶で良かったか?ちょうど街で、リリアナが気に入りそうな菓子を見つけたんだ」
私は肩をすぼめたまま、柔らかな座面に腰を下ろす。
「ぁ……あの。お仕事の邪魔になってはいけませんので……私はすぐに、失礼いたします」
いいえ、違うの。
心と言葉は、反対。
失敗をきちんと謝りたい——もちろんそれが公爵を訪ねたいちばんの理由。だけど、思いがけない優しい言葉を聞けば、なんだか切なくなってしまう。
——ここにいたい、そして優しいこの声を聴いていたい。
「
私が言いつけを破った事などまるで忘れたように、声を弾ませた公爵はソファを離れ、部屋の奥へと向かうのだった。
戻った公爵の手元には、銀箔が貼られた綺麗な紙箱が抱えられていて。
私の視線の先にある、テーブルの上に置かれたそれは、コトンと乾いた音を立てた。
「開けてごらん」
ピアノの前に立ち尽くす公爵の、ひどく
なのにどうして、そんなに優しいのですか——?
「ぁ……の……、私っ」
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