第35話 あなたへの想い
*
公爵の外出を聞かされてから数時間が経つ。
とうに荷造りを終えた私は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
夕刻が近づく空の
私の目の前に広がるその色は、とても綺麗で。
『そう……何時頃、お戻りになるの?』
『久方ぶりにご自身で買い物に出られたと聞きましたので、いつになるかは』
風にさらわれた髪が頬を叩いた。
鉄錆色だ、忌み子の色だと蔑まれ続けたこの髪を、公爵は夕陽の色に似ていると言ってくれた。
だから前よりも少しは、この髪色が好きになれたんだ。
「エヴリーヌ先生と、あなたのお陰です」
もしも公爵が面立ちにコンプレックスを抱いているのなら、どうにかしてその気持ちを軽くしてあげたい、私が公爵にそうしてもらったのと同じに。
禁断の部屋にあったピアノの上には、小さな四角い額の中に収まった公爵がいた。隣で肩を抱かれていた幼い少女は、公爵の亡くなった妹だろう。
兄妹が描かれた絵画の細部までは見えなかったけれど、ぼんやりと目に映ったのは——口元に髭は無く、髪も“整った“青年。
「お顔、もう少しちゃんと見ておけばよかった」
伸びた前髪と無精髭の下にある、公爵の『素顔』とは。
それを隠し続ける彼の想いとは、一体どんなものなのだろう?
——この風貌のせいだろうが、私は世間の嫌われ者だ。
いつかの公爵の言葉が私の胸を刺す。
「……どうすれば」
どうすれば、公爵の重い心が軽くなるのかしら。
「コンプレックスがあるにせよ、お顔を整える事は必要だと思うの」
人を遠ざけているのは公爵の面立ちそのものではなく、狼みたいな髪型と無精髭という風貌なのだから。
イイ———ン……
「ディートフリート様……っ」
家紋の入った扉が開いて、ピシリと整った装いが清々しい宵闇色の髪の男性が、スマートな所作で地に足を下ろす。
「あんなに、素敵なのに……?」
それがボサボサの髪とお髭のせいで、台無しになっているなんて。
立居振る舞いも、ふとした仕草もスマートな彼だからこそ、気付いて欲しい。だからこそ、心を込めて伝えたい。
「あなたは素敵です……とっても」
それから半時間ほど経った頃、ノックの音とユリスの声がして。
「旦那様がお戻りです。お会いになられますか?」
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