第31話 どうして(2)
(1-続)
——リリアナ。
私の名前を呼ぶ優しいあの声は、もう聞けないかも知れない。
禁断を破った私は『人質』の資格さえも失い、ケグルルットの屋敷に返されるだろう。
「きっと、平気、よ」
ケグルルット家で、また元の『忌み子』、リリアナ・ケグルルットの人生に戻るだけ——。
鏡に姿を映してみれば、これまで一度も見たことも無い自分がいる。
美麗な衣服、美しく結えられた髪。ひと月のあいだに見慣れてしまっていたけれど、これは本当の私じゃない……公爵に与えてもらった仮の姿。
思えば、白椿の城で過ごしたひと月は、夢のように美しかった。
『人質』の私だけれど、外出は許されなかったものの日々の行いに制限はなく、使用人たちの手伝いの合間に持て余した時間は、公爵とふたりで書庫室に籠っていた。(私は知っている、狼みたいな公爵がウサギの画集を眺めて嬉しそうにしていたのを!)
菜園に立ち始めてから、青白かった公爵の顔色はすっかり良くなって、聞けば夜も眠れるようになったと言う。
廊下でユリスに公爵のマネをして見せていたら、通りがかった公爵とリュシアンに見られてしまい……。叱られるかと思えば、真っ青な顔をするリュシアンの隣で『似ているじゃないか。リリアナには
公爵が声をあげて笑うのには驚いたけれど——その日から、公爵を笑わせる算段を練るのが、私の日課になった。
伸びた前髪の奥に覗かせる瞳が笑えば、エメラルドの虹彩が見惚れるほど綺麗に揺れる。外出していると聞けば不安になり、いつの間にか公爵の隣が、いちばん安心な場所になっていた。気付けば公爵のそばで自然に笑っていた。
———ここを出たら、きっともう二度と会えない。
「失礼致します、リリアナ様」
ノックの音とともに聴き慣れた声がして。
扉を開ければ、大きな鞄を提げたユリスが立っていた。
「旦那様が、荷物をまとめるようにと」
ほら、やっぱり……。
あまりにも予想通りの展開で拍子抜けしてしまう。もしかすれば、公爵が恩赦をくださるのではないか……なんて言う愚かな淡い期待もあった。
「——わかったわ。知らせてくれてありがとう、ユリス」
じわりと目頭が熱くなる。
あ……れっ。
私、どうして泣いてるんだろう?
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