第26話 *ディートフリート視点*




「綺麗だ」と言ったのは、秋色に揺れる茶葉の事ではない——。

茜色の髪を下ろした君に、単純に見惚みとれたんだ。


テーブルの上には、取り残された二客のティーカップが静止画のように並んでいる。一客を持ち上げて、すっかり冷めてしまった液体を飲み干した。


私とともに育てた茶葉でお茶が飲めるのを、嬉しいと言って微笑んだ君は。

私のひと言で顔色を変えてしまった。

いつもと雰囲気が違うと言ったのがいけなかったのだろうか。君は血相を変え、慌てた風に部屋を出て行った。


「褒めたつもりだったが……」


後を追って扉を開けたが、部屋に戻ったのか既に君の姿は無かった。

私はどうしてこんなに口下手なんだろう——なぜもっと明確に、わかり易く言えないのだろうか。


吐息をひとつ吐きながら、居間を離れて寝室へと足を運び、寝具の下に身体からだを滑らせる。

死人しびとのそれのように白く冷たく感じていた寝台は、菜園を手伝うようになってからというもの、一日の疲れを癒す真綿まわたに変わった。

たいした労働はしていないのだが、昼間の太陽を浴びながらなまった身体を動かせば、湯浴み後の愉悦が瞼を心地良く微睡まどろませる。

君が言った通り、歪んだ体内時計が正常な形に戻ったのかも知れない。


——リリアナ。


もしも君の妹が寄越されていたら、私は復讐心にまみれた愚男に成り下がっていただろう——。


ケグルルットの高慢な次女を妻に迎えて生涯を奪い、身体からだも心も痛めつけてやるつもりだった……ケグルルットの令嬢に、罪は無いと言うのに。

そうと知りながら、行き場のない怒りを令嬢にぶつけようとしていた私は、なんと情けない男だろうか。


——リリアナ。


気付かせてくれたのは、君なんだ。

似た者同士だと言って私のを嫌悪せず、優しさと笑顔を向けてくれたのは。


君は私に、髭を切らないのかと尋ねた。

私のを不快に思うのは正常な感覚だ。


戦場で伸びた髪と髭は私の顔を覆い、両親と妹を亡くした悲しみの表情を隠した。この髪は荒ぶる心を留め置く盾、髭は鎧——だがそんなものはもう、必要無いのかも知れない。

この城にもようやく、ランカスター家の闇を照らす『の光』が差し始めたのだから。


——リリアナ。


君の隣に居たい。

ずっと、私のそばで笑っていて欲しい。


そう願ううちに—— ハーブの力も手伝ってか——いつの間にか私は、深い眠りに堕ちていた。




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