第22話 公爵の恋人(1)




「ねぇ……ユリス?」


私が公爵の部屋を訪ねると伝えれば、ユリスは嬉々とはしゃいで、鏡の前に座る私の髪を熱心にかし始めた。


夜のとばりはすっかり落ちて、湯浴みも済ませた私は、公爵に届ける就寝前のお茶の準備を終えたところ。

公爵には内緒にしていたのだけど、少し前に一部のハーブを収穫して乾燥させていた。

沸かしたてのお湯が届けば用意ばんたん。


「……そんなに凝らなくてもっ。お茶をお届けした後は眠るだけなのだから、髪なんて適当でいいわよ?」


ユリスは首を左右に振りながら「これだからリリアナ様は」と、呆れて見せる。


「そんなことでは、『恋』は始まりませんよ?!」


「そっ……そういう、もの、かしら」

「そういうものです」


私を公爵の『婚約者』として応援すると言ってくれたユリスには悪いのだけれど、『人質』の私に恋のフラグなんて立たない——立ててはいけないのだ。


「ユリスの夜の勤めは、リリアナ様が旦那様とになっても良いように、お仕上げをすることですから……」


ユリスは時々、意味のわからない事を言う。


「そう言う事って、どういうこと?」


「リリアナ様ったら、またご冗談を。ランジェリーはユリスが用意したものを身に付けていらっしゃいますか?」

「ええ、もちろんよ。ユリスのセンスはとっても素敵だもの。本当に私……こんなに贅沢をさせていただいて良いのかしら……?!下着だって、実家から持ってきたものがあるのに(少々傷んでいますけどっ)」


ランカスター家に来て初めの頃、ユリスの笑顔見たさに恋バナをねだってしまったものだから……。

あの日からユリスは、やたら私の『恋』とやらに協力的なのだ。


「リリアナ様はお洒落しゃれに無頓着すぎるのです。世の男性の多くは、本能的にも見目麗しい女性に惹かれるものですよ?」


実家では屋根裏部屋に住み、外出など無論許されず細々と生きていた私は、お洒落をするという経験がない。


それに……そもそも公爵は、私を見てはいないのだから、惹かれるも何もっ。


「ディートフリート様は……誰かを好きになられた事って、あるのかしら」


『ノートルダムの鐘』のカジモドは、ジブシーの踊り子に恋するが、彼の恋心は切なくも叶わなかった。


ユリスが目を丸くする。


「あら、お聞き及びではありませんか?旦那様の、昔の恋人のお話」

「恋人がいたの!?」


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