第22話 公爵の恋人(1)
*
「ねぇ……ユリス?」
私が公爵の部屋を訪ねると伝えれば、ユリスは嬉々とはしゃいで、鏡の前に座る私の髪を熱心に
夜の
公爵には内緒にしていたのだけど、少し前に一部のハーブを収穫して乾燥させていた。
沸かしたてのお湯が届けば用意ばんたん。
「……そんなに凝らなくてもっ。お茶をお届けした後は眠るだけなのだから、髪なんて適当でいいわよ?」
ユリスは首を左右に振りながら「これだからリリアナ様は」と、呆れて見せる。
「そんなことでは、『恋』は始まりませんよ?!」
「そっ……そういう、もの、かしら」
「そういうものです」
私を公爵の『婚約者』として応援すると言ってくれたユリスには悪いのだけれど、『人質』の私に恋のフラグなんて立たない——立ててはいけないのだ。
「ユリスの夜の勤めは、リリアナ様がいつ旦那様とそう言う事になっても良いように、お仕上げをすることですから……」
ユリスは時々、意味のわからない事を言う。
「そう言う事って、どういうこと?」
「リリアナ様ったら、またご冗談を。ランジェリーはユリスが用意したものを身に付けていらっしゃいますか?」
「ええ、もちろんよ。ユリスのセンスはとっても素敵だもの。本当に私……こんなに贅沢をさせていただいて良いのかしら……?!下着だって、実家から持ってきたものがあるのに(少々傷んでいますけどっ)」
ランカスター家に来て初めの頃、ユリスの笑顔見たさに恋バナをねだってしまったものだから……。
あの日からユリスは、やたら私の『恋』とやらに協力的なのだ。
「リリアナ様はお
実家では屋根裏部屋に住み、外出など無論許されず細々と生きていた私は、お洒落をするという経験がない。
それに……そもそも公爵は、私をそんな目で見てはいないのだから、惹かれるも何もっ。
「ディートフリート様は……誰かを好きになられた事って、あるのかしら」
『ノートルダムの鐘』のカジモドは、ジブシーの踊り子に恋するが、彼の恋心は切なくも叶わなかった。
ユリスが目を丸くする。
「あら、お聞き及びではありませんか?旦那様の、昔の恋人のお話」
「恋人がいたの!?」
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