第21話 *ディートフリート視点(2)*





リリアナ・ケグルルットは、至極しごく変わった娘だ。


ウルフ公爵』と呼ばれ嫌悪される私の元へと寄越され、『人質』として城内に幽閉されている事などまるで気にしていない。

もっと落ち込んでも良いものを、むしろ日増しにこぼす笑みが増え—— 彼女を迎え入れてからひと月ほど経つ今となっては、その笑顔の渦の中に周囲の者たちをすっかり獲り込んでしまった——リリアナの周りは使用人たちの笑い声で溢れている。いったい何がそんなに可笑しいのだと、問いたくなるほどに。


「——リリアナ様?!」

「リリアナ様……っっ」


回廊を歩けば彼女を呼ぶ声が聞こえて来る。回廊だけではない、だ。


バタバタと人の気配がしたかと思えば、リリアナが数名のメイドを連れている。そこに他のメイドも合流すれば、リリアナを中心とした一つの“太陽“が仕上がって、明るい陽光を周囲に振り撒くのだ。


「ぁ……、ディートフリート様っっ」


回廊の端に私の姿を認めたリリアナが、他のメイドを待たせて駆け寄った。


「昨日は楽しかったですね!」

「楽しかったのか?たかが一匹のミミズに縮み上がっていたのは、誰だったかな」

「それは……私、ですけれど……恥ずかしいので、もう忘れてください」


私が揶揄うと、リリアナは頬を赤くしてむくれる、まるで艶やかに熟れた林檎だ。


「それよりもっ。ディートフリート様が昨日抜いてくださった、よもぎだったんです。せっかくのよもぎなので、私、パン生地に練り込んでみたんです。今夜の夕食に出しますから、食べてみてくださいね??お味はちょっと風変わりですが……体に良いものなので……ディートフリート様にも、食べていただきたくて」


リリアナは茜色あかねいろの瞳を伏せて、少しばかり照れた様子を見せる。


「今日も厨房に入ったのか?」

「はい……いけませんでしたか?」


特に禁止している訳ではないが、毎日のように厨房で何か作っている様子なので気掛かってしまう——…


「いや、その……慣れない料理などをして、」


君が怪我をしないかと、心配で。


ついこの間も、うまやを手伝っていたところを馬に蹴られかけたと聞いた。

だが素直にそれを言えない自分がいる。


「——料理人たちの仕事の邪魔になっているのではないか」


リリアナは、はっと顔を上げた。


「確かに、そう……かも知れません。私ったら、皆さんのご迷惑を考えずに……。ディートフリート様に言われなければ、気が付きませんでした」


「あ、いや……迷惑と、までは」

「明日からは、お料理の邪魔にならないように、厨房が空いている時間帯を聞いてからにしますねっ」


叱られても、リリアナはこうして首を傾けて微笑むのだから、怒る気持ちも失せてしまう。


「みんなを待たせているので、もう行きますね。そうだ、これからみんなでハーブの収穫なのですが、ディートフリート様もご一緒にいかがですか?」


「もう収穫ができるのか」

「はいっ!立派に育ちましたから……。ディートフリート様が、ご一緒にお世話くださったハーブたちです」


書類を仕上げねばならないと断ったが、リリアナは祈るように合わせた手のひらを唇に寄せ、嬉々として言う。


「いよいよ、です。お部屋に伺いますから、楽しみにしていてくださいね!」


瞳と同じ色の髪を背中に揺らして、彼女はメイドたちの元へと走る——そして光を戻されたは、また茜色の陽光を輝かせるのだ。


リリアナの珍しい髪色と瞳の彩色は、彼女の父親と妹のそれらとは異なる。

他界した母譲りなのかと問えば、突然の変異によるものだと言い、人から忌み嫌われる色だと呟いて、哀しげに笑っていた。


太陽が去ったあと、私のいる場所は途端に冷たい静けさに包まれる。


いつの日か——…私がもう少し、素直になれたら。


「リリアナに伝えよう」


君の髪と瞳の色は、とても綺麗だと。




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