第20話 *ディートフリート視点(1)*
*
もう何年も、深海の底に居るような日々を過ごして来た。
戦場で他人の生死を目の当たりにしていた頃の方が、まだずっとマシだ。
そもそも王族の血縁である公爵家の嫡男が、前線に送られるなど我が国では後にも先にも聞き及ばない、稀代のランカスター公爵家と呼ばれる
十八歳の成人を迎えたばかりの私に、国王陛下が出征を命じたのは……私が戦場で、命を落とすことを目論んでの事だと知っている。
だが——三度の出征を経ても、私はこうして生き残ってしまった。
国王陛下と、私を戦場で『殺す』事で己の
家督を継ぐ嫡男が神の意志により生かされた代償として、ランカスター家が失ったものは……。
「父上、母上……エリアル」
まだ新しい三つの墓標の前に、白い薔薇の花束を添える。
ランカスター家の家紋は二羽の鷲と白椿から成る。だが私の母は白椿を好まなかった。椿の花顔が、首から堕ちる残酷さを嫌ったからだ。
「ケグルルット伯爵家に行って参ります」
細い足でいつも私の後を追い、笑顔を絶やさなかった愛らしい妹は十歳だった。
母が共に
父を、母を、心から敬愛していた。
不遇の死を遂げた父——その死を悼み心を病んだ母は、妹を道連れにして自ら命を絶った。
全ては——第一王女からの婚姻の申し出を拒否したこの私が、招いた事。
父の死因にケグルルット伯爵が関わっていると知ったのは、母と妹の葬式の為に故郷への帰還を果たした時だった。
ケグルルット伯爵は、国王陛下の犬だ。
私が奴の尻尾を掴んだのを察してか、自身の窮状を案じての事だかわからぬが、その後すぐに私の出征の下命は陛下によって解かれた。
「家族を失った私に、悲哀に溺れて生きろという事か。それが戦場で生き残ってしまった、私の贖罪だと——」
ケグルルット伯爵家の家門をくぐった私は、父の死因について掴んだ事実を、伯爵に突き付けてやった。
あの時の伯爵の青ざめた顔面を父にも見せてやれたら、その無念も少しは晴れただろうか。
屋敷を去る時、風に乗って耳に届いた旋律——。
案内の使用人に思わず尋ねていた、「あれは誰が奏でるのだ?」と。
「エレノアお嬢様でございます」
エレノアと言えば、伯爵の次女だ。
——何故ケグルルットの娘が……あれを知っている……!?
私の胸にムクムクと、ある考えが立ち昇り膨らんだ。
ケグルルット伯爵に対する復讐の意だけではない。私の中に潜む母と妹への情愛が、あれを『もう一度、我が元に』と望んだのだ。
「リュシアン……!ケグルルットに書簡を届けよ」
——我ディートフリート・ランカスターは、ランカスター公爵家の名の下に、ケグルルット伯爵令嬢、エレノア・ケグルルットを花嫁に所望する。
ランカスター公爵『
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