第19話 Melts sweetly(2)
(1-続)
「リリアナ。あれはハーブの苗なんだろう?」
「は、い」
「私がハーブティーを作って欲しいと言ったから?」
「は……い」
そうか、とつぶやき、
「私のために植えてくれたのに。何も知らずに怒鳴ったりして、本当にすまなかった」
「いいえ、謝らなければならないのは私の方です。お母様たちの大切な菜園を、荒らしてしまったから……」
「荒らしたのではない。リリアナは、命を植えたんだ」
……っ?
「せっかく植えた命を枯らしてしまっては、母と妹も悲しむだろう。二人の為にも、あの苗はリリアナが育ててくれないか? 勿論、
公爵の思いがけない言葉に、無意識に胸が高鳴ってしまう。
「それに不眠症の、私のためにも。」
「ディートフリート様は不眠症なのですか?」
「ああ。ここ数年、ほとんど寝ていない」
「ほとんどって、そんな……」
もしもそうなら、とてもお気の毒だわ。
眠れていないから、あんなふうに顔色が悪いのかもしれない。
「ハーブの苗を、私が育てても、良いのですか……?」
「ああ」
「伯爵家の娘なのに?」
「あれはッ、本心ではなかった」
ごめん。と、公爵がまた頭をさげてくる。
「そんな、お顔を上げて下さい。私、嬉しいです……!お花も植物も大好きなんです。枯らさないように気を付けて、心を込めて育てます」
わずかにうなづいて視線を落とし、公爵はソーサーを膝の上に置いた。繊細な長い指先が、器用にカップの耳をつまんで持ち上げる。
「これは、
「へ?」
私もティーカップに手を伸ばす。若草色の液体を舌の上に少し乗せれば、
「……んっ。確かに、ちょっと薄いですね? 茶葉の量が少なすぎるのだわ。誰が淹れたんだろう」
「私だ」
へっっっ?!
「おっ、美味し〜い!めちゃくちゃ美味しいお茶だわぁ」
「わかりやすい嘘をつくなっ。怒鳴ってしまった謝罪のつもりで、初めて淹れてみたのだが……失敗したようだ」
私はもう一度、公爵が失敗だと言うお茶を口に含んでみる。
「——美味しいです、とっても」
「だから気を遣わなくていい。不味いものは、不味いのだから」
公爵はうつむいて、ティーカップの中の液体を見つめている。公爵の広い背中が、なんだかとても小さく見えて。
この狼公爵が厨房に立ち、茶葉を選んでお湯を注いで。公爵の指に包帯が巻かれているのは、まさかの
「ディートフリートさま」
私が顔を上げれば、前髪の奥の瞳とちょうど目が合った。二十七歳だと知ってしまえば、この瞳ひとつが不思議と年齢相応に見えてくる。
「誰かが心をこめて淹れたお茶は、どんなお茶もとびきり美味しいのですよ?」
微笑んだ私がまたティーカップを口に運ぶのを、公爵は不思議そうな(たぶん?)顔をして見ていたけれど。
「リリアナが育てた葉っぱで淹れたお茶。飲ませてもらうのが楽しみだ」
「あのっ。ディートフリート様も、一緒にハーブを育ててみませんか?!簡単なお手入れで育つんです。お日様の下で水遣りするのって、とっても気持ちいいんですよ?」
「私が……畑で水遣りを?」
しまった。
調子に乗って無茶なこと言ったかしら!?
「ぁ、嫌なら、いいんです。昼間にしっかりお日様の光に当たったら、体内時計がきちんと働いて、よく眠れるのではないかと……思っただけなので」
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