第18話 Melts sweetly(1)




ユリスが(何故だか?)、張り切って支度を手伝ってくれた。

公爵に会いに行くのに、わざわざ着替えなくても良かったのでは?! ご丁寧に髪まで結わえ直して、まとって……これって何か意味があるかしら。


躊躇いがちにノックをすればすぐに扉が開いて、公爵が顔を覗かせた。この風貌も少しは見慣れてきたけれど、相変わらずの無精髭とボサボサ髪のウルフ公爵。


「あぁ……突然、呼び出してすまない。寝ていたのではないか?」

「いえ、まだ起きていましたので」


昼間の剣幕はすでに消え去っていて、叱られそうな雰囲気は見当たらない。

それどころか『寝ていたのでは』なんて気遣ってみたり、すまないと謝って来られるのは……どういう心境の変化でしょう?


扉が大きく開かれ、公爵の片手が部屋の中に向かって伸ばされた。


「——入って」


この間は『女性を寝室に入れるなんて!』とおっしゃっていましたよね。

公爵がお部屋に入れてくださったと言う事は、私は『女性以下』に格下げでしょうか?(今更悲しむ事でもないですけどね。)


「昼間はすまなかった……つい感情的になってしまって」


メイドは朝一度きりしか掃除に入らないのに、公爵のお部屋は今夜も綺麗に整っている。こんなに綺麗好きなのに、この風貌をやめないのは……よほどお顔にコンプレックスを感じてらっしゃるのだわ。


公爵は私を窓際までエスコートすると、整然と置かれたテーブル前のソファに座らせた。


「ちょと待ってて」


コロコロと何かが床を擦る音が聞こえ、振り向けば——ひどく不器用な手つきで、ティーセットが乗った真鍮製のカートを運んでいる。


「東洋から取り寄せたお茶なんだ。ノンカフェインだから、一緒に飲まないか?」


へ……??!!


耳に届いた声が優しくて、昼間の剣幕の残影を抱いていた私は拍子抜けしてしまう。


「わ、私がお運びしますから、ディートフリート様はお座りくださいっ」


慌てて駆け寄り、公爵の手からカートを奪い取る。

そのままソファに促せば、私に背中を押されながら関心したように言うのだった。


「……このお茶、とても良い香りだ」

公爵。それはお茶の香りではなく私のトワレです。


ティーカップに綺麗なうぐいす色のお茶を注いでいく。ソファにお尻を沈めた公爵は、珍しいものを見るように私の手元から視線を離さない。


「リリアナが苗を植えたのは、私の母と妹が大切にしていた菜園でね。二年前にふたりが亡くなってから、皆が遠慮して近寄らなくなった」


「えぇっ」


突然の告白に驚いてしまう。

そっっ、そりゃあ怒られても仕方ありません!


「私ったら、何も知らずに……っ。申し訳ありません」


『こんなに掘り散らかして。』


菜園を茫然と見遣り、ひどく肩を落としていた公爵。

あれは大変な場所を穢された、落胆の目に違いなかった。


本当に……ごめんなさい。


「私、今すぐ元通りにしてきます!」


立ちあがろうとした私を、いやいや、と公爵が引き止める。


「何時だと思ってるんだ?」


——外は暗闇ですね。


「では明日の朝いちばんに」

「だから、元通りにしろと言ってるんじゃなくて」


反省に沈んだ心でうつむいた私に、公爵は穏やかな言葉を投げかけた。

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