第8話 ハーブティー




待ってください。


「ここって——」

「リリアナ様のお部屋の、お隣でございます」


公爵のお部屋が、私の部屋のすぐ隣だなんて!


ユリスさんに聞いて、驚いてしまったものの。

そもそも公爵の花嫁のために用意された部屋なのだから、隣どうしであってもおかしくはない。


「ディートフリート様、夜分にお邪魔してすみません。喉を痛めていらっしゃるようなので、ハーブティーをお持ちいたしました」


お辞儀をしてから顔を上げると、自室の扉を開けた狼公爵が、ラフな部屋着姿で私を見下ろしていた。


「ハーブ、ティー……?」

「はいっ。喉のいがいがに効くものを選びました。そこに薬茶を少し混ぜて、」

「そんな気遣いは不要だ。私の事など、放っておけ……」


そう言うそばから、喉に何か詰まらせたようにコホンと咳き込んでしまう。


「ほらっ、そのまま眠られては、夜のあいだに悪化しちゃいます。気に入らなければ飲んでいただかなくても良いので……ここに、置いておきますね」


精一杯の笑顔を作って、ティーセットが載った銀製のワゴンを部屋の中に運び入れる。


「ちょっ……勝手に入るな!?」


慌てた公爵のお部屋は、私の部屋の白と黒を反転させたような色合いで、男性の部屋らしく落ち着いた雰囲気の家具が整然と配置されていた。


「素敵なお部屋ですねっ。私はてっきり、もっと激しく散らかっているのかと」


だって頭とお髭ボサボサの、無精ぶしょう公爵のお部屋ですもの。


「何を言ってる、それを置いたら……っ、早く出て行け!」


「綺麗にされているのに、お部屋を見られるのがそんなに嫌なのですか?」

「夜中に女性を、寝室に……入れるなんて、アレ、だろう?!」


「アレって?」

「だからその……っ、もういいから!用が済んだのなら、さっさと行け!」


本当なら怖がるべきなのだろう。

だけど恐ろしいと思っていた狼公爵が照れたり動揺したりする姿に、私の恐怖心などすっかり溶けてしまっていた。


「それでは、ゆっくりお休みくださいませ……ディートフリート様」





——次の日の朝。

ドキドキしながら、部屋の扉を開けたら。


隣の公爵の部屋の前にワゴンがきちんと置かれていた。


「ハーブティー……全部、飲んでくださったのね」


ホッとした私がそれを見つめていると、ガチャリと音がして、公爵が唐突に姿をあらわした。


「きゃぁ……」


パジャマ姿を見られたくなくて、慌てて部屋に引っ込もうとしたけれど、


「おはよう」


……見つかっていた。


「どうして隠れるんだ?」


コツコツ歩いて、微妙に開いた扉の前に立つ。


「まっ、まだ夜着のまま……なので、恥ずかしいのです」

「そうか。昨日ので、喉が楽になった。有難う」


ぼそりとそれだけ言い残し、廊下の向こうへと歩いて行ってしまう。


「狼公爵の、声……」


あんなに、艶やかだったなんて——。


でも……って聞いている割には、声が若い気がしますが?!




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