第9話 白椿城の秘密(1)
*
*
私の前を歩くリュシアンという名の男性は、狼公爵の
思えば、妹エレノアへの婚姻の申し出を届けに来たのもこの人だ。
見た感じは、お父様と同年代くらいのお歳。
他の侍従たちはあっさりした黒い制服だけれど、この人は公爵と似たような白い礼服を整然と着こなしている。
狼公爵のあの風貌と違って……白髪を綺麗に後ろになでつけ、形よく整えられた口髭の精悍さといったら!
「——あの、リュシアンさん」
「私の事はリュシアンとお呼び下さい」
「歳上の方をお名前で呼ぶのに、あまり慣れていないのです。実家でも……っ」
私は言葉を詰まらせる。
実家で使用人同然の扱いを受けて来た事なんて、この人には話せない。
「慣れていただかなければ困りますね。それに人質だろうが囚人だろうが。公爵があなたをどう扱おうと、我らにとってあなたは公爵の婚約者ですから」
人質の私には、婚約者という言葉がやけに空々しい。
それにこの人の話し方、何だか刺があって苦手だな。
「それで。私に何か質問でも?」
「ぁ、はいっ。お城はこんなにご立派で広いのに、人の姿がほとんど見えないのですが……衛兵もいませんし」
遥か高いところにある吹き抜けの半円天井を見上げれば、宙を舞う塵が光の中で宝石のように煌めいていた。
「公爵がランカスター家の家督をお継ぎになった時、人ばらいをなさったので。現在この城に従事するのは、最低限の人員のみです」
「人ばらいって?」
「使用人の大規模な解雇です」
「ディートフリート様は、なぜそんな事を?」
……経費削減とか。
「リリアナ様」
リュシアン(また叱られそうなので、お名前で呼ぶ努力をしましょうか)は唐突に立ち止まって振り返り、怖い顔で私を見下ろした。
「ご実家に出戻りたくなければ、余計な詮索はしない事です」
リュシアンは怖い顔のまま——もともとこんなお顔なのかも知れませんが——広いお城の中を案内してくれた。
「ここが祝宴の間。そしてあちらが鳳凰殿、以前は月に一度は大規模な社交会が開かれていましたが、現在外部から人を呼ぶ事はありません」
「こんなに立派な大広間なのに、誰も招待しないだなんて。何だかお部屋がもったいないですね?」
人ばらいだとか、社交会をやらないとか。
狼公爵の髪型とお髭があんなことになっているのと、何か関係があるのかしら?
「——さて」
と、リュシアンが襟を正す。
「ここからが、言わば『本題』でございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます