第9話 白椿城の秘密(1)




私の前を歩くリュシアンという名の男性は、狼公爵の参謀さんぼう役らしい。

思えば、妹エレノアへの婚姻の申し出を届けに来たのもこの人だ。


見た感じは、お父様と同年代くらいのお歳。

他の侍従たちはあっさりした黒い制服だけれど、この人は公爵と似たような白い礼服を整然と着こなしている。

狼公爵のあの風貌と違って……白髪を綺麗に後ろになでつけ、形よく整えられた口髭の精悍さといったら!


「——あの、リュシアンさん」

「私の事はリュシアンとお呼び下さい」


「歳上の方をお名前で呼ぶのに、あまり慣れていないのです。実家でも……っ」


私は言葉を詰まらせる。

実家で使用人同然の扱いを受けて来た事なんて、この人には話せない。


「慣れていただかなければ困りますね。それに人質だろうが囚人だろうが。公爵があなたをどう扱おうと、我らにとってあなたは公爵の婚約者ですから」


人質の私には、婚約者という言葉がやけに空々しい。

それにこの人の話し方、何だか刺があって苦手だな。


「それで。私に何か質問でも?」


「ぁ、はいっ。お城はこんなにご立派で広いのに、人の姿がほとんど見えないのですが……衛兵もいませんし」


遥か高いところにある吹き抜けの半円天井を見上げれば、宙を舞う塵が光の中で宝石のように煌めいていた。


「公爵がランカスター家の家督をお継ぎになった時、をなさったので。現在この城に従事するのは、最低限の人員のみです」


「人ばらいって?」

「使用人の大規模な解雇です」

「ディートフリート様は、なぜそんな事を?」


……経費削減とか。


「リリアナ様」


リュシアン(また叱られそうなので、お名前で呼ぶ努力をしましょうか)は唐突に立ち止まって振り返り、怖い顔で私を見下ろした。


「ご実家に出戻りたくなければ、余計な詮索はしない事です」


リュシアンは怖い顔のまま——もともとこんなお顔なのかも知れませんが——広いお城の中を案内してくれた。


「ここが祝宴の間。そしてあちらが鳳凰殿、以前は月に一度は大規模な社交会が開かれていましたが、現在外部から人を呼ぶ事はありません」


「こんなに立派な大広間なのに、誰も招待しないだなんて。何だかお部屋がもったいないですね?」


人ばらいだとか、社交会をやらないとか。


狼公爵の髪型とお髭がになっているのと、何か関係があるのかしら?


「——さて」


と、リュシアンが襟を正す。


「ここからが、言わば『本題』でございます」


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