第5話 初めての食事(2)




「——まともな格好をすれば、少しはまともに見えるものだな」


完璧な晩餐のお支度(首から上、以外は!)をされた狼公爵は、無精髭にシャンパングラスを傾けている。


「私の、事でしょうか……?」

「他に誰がいるんだ」


鉄錆色の髪は、ユリスさんが綺麗な夜会巻きにしてくれた。イブニングドレスなんてものを着たのはこの人生で初めてだ。


叱られなかった。

と言うか人質と食事をするなんて——狼公爵は、いったい何を考えているの?!


「こ……こんなに胸元を露出させたまま、お食事をいただくのでしょうか」


「ローブデコルテとはそういうものだろう。実家で晩餐の席を持たなかったのか?」

「それに……こんなドレスを着させていただいて、公爵閣下との晩餐に同席するだなんて」


「何か問題があるか」

「問題とか、そういうことでは、なくて」



———私はあなたの『人質』ですよ?!



「それに公爵閣下はやめろ。堅苦しくて息が詰まりそうだ」


「でも公爵様、私はっっ」

「公爵様もやめろ」

「それでは、旦那様」

「それは違うだろう……」


「——狼公爵様」

「は?」


いけない!

私っ、つい口を滑らせて……。

思い切り冷や汗をかいたけれど、狼公爵はポソッと長い指先で頬を搔き、


「名前で、呼べばいい」


かろうじて見える頬が赤くなって……もしかして、照れていらっしゃる??


「では……ディートフリート様で、良ろしいでしょうか?」

「ああ、それでいい」


獰猛な狼公爵などと呼ばれる人が、こんなふうに照れたそぶりを見せるのは意外だった。私がじっと見つめれば、公爵は口元に拳をあてて、ますます恥ずかしそうな顔をする。 


(もしかして、あまり女性に慣れてらっしゃらないの?)


「ディートフリート様」


「……何だ」

「す、すみませんっ。もう一度呼んでみただけです」


大きな身体で、小さく戸惑っているのが面白い。

最初の癇癪かんしゃくはともかく——この人は、噂と見た目ほど、怖くないのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る