第276話

276

 1553年8月 北条氏政


  「無理ですね。今川殿には織田と今川が争うともどちらにも加担しないと伝えてあります。ですので義兄上の独力で勝ち取るしかないのです。それに必要なものは3つでしょう。1つ、地の利。できるだけ相手の土地へと踏み込み自領を傷つけずに勝つことこそ肝要ですが、相手が強大でこちらが圧倒的に不利ならば自領で機会を伺うのも一手でしょう。2つ、人の利。どれだけ相手の兵が大量で精強であれども相手の実力が発揮できない状態や、士気が低ければ意味がありませぬ。3つ、天の利。運ですな。義兄上の天運を信じましょう。」


 …は?という顔を信長を除いて全員したのは少し笑える光景だな。絵描きにでも描かせてみたいと思ってしまった。


 「はっ!はっ!はっ!確かに天運は大切だな。これ至言に違いない。……。我々が動員できる兵力は約二万五千だ。しかし、どうも美濃がきな臭い。抑えとして五千は置いておきたい。荷の上の一向宗にも抑えとして三千は置いておくべきだ。となると守備兵など色々考えるて使える兵は約一万五千。ここで取れる択は2つ。1つ、一万五千を使って今川の兵三万と戦うか、1つ、一万の兵を待ち構えさせ五千の兵を直接率いて奇襲を仕掛けるか。義弟ならばどちらを選ぶ?」


 信長の眼光鋭い視線が俺を射抜く。


 「私の意見を聞いたところで義兄上の考えは変わるとは思いませぬが、私ならば美濃も荷の上も後回しにして全力で今川殿と対峙しますな。そうしたら二万五千と三万の戦いになりまする。たったこれだけの差であればあとは運と実力にございましょう。」


 史実ならば兵力も劣っており勝ち目の少ない戦であっただろうが、今は違う。尾張全域に手を伸ばし内政にも力を入れてある今ならば尾張のポテンシャルを十全に使って織田信長と今川義元の全力の戦いが観られるだろう。いや、俺は見たい。俺の言葉に乗せられたのか分からないが信長はじっと虚空を見つめると心を決めた様だ。


 「ふっ、楽しみにしておけ。織田信長が世に轟く時が来たぞ。」


 「はい、楽しみにしておりまする。」


 にっこりとした笑みで信長のことを見つめ返すと満足そうに頷きさっと立ち上がった。


 「では、熱田の町を楽しむ前に皆で食事でもどうだ。肩肘の張らないものだぞ。」


 「勿論、ご相伴に預かりまする。」


 配下達を引き連れて信長の先導に付き従って熱田城へと向かう。ここには、信長の集めた交易品や裁判関係の者達など商売に関するもの達が集まっていた。見た目はこじんまりとした城だが、中はしっかりとしており手入れされながら大切に使われて来たことがわかる様子だ。


 政豊や義弘などは自然体な様子で後ろについて来ているが常に全方位に気を配るのを忘れない様にしている。(らしい。というのも小太郎達から聞いた)


 秀吉や政直、正信達は普段は来ない場所に目を向けたり、多分だが俺の持ち城である韮山などと比べているのだろうが、比べるだけ無駄だぞ。


 

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