第275話 桶狭間スタート?

275

 1553年 8月 北条氏政


 「お、お待ちください!」


 ドンドンと階段を登ってくる音がする。多分信長だろうな。配下達には信長はどうせ押し入るだろうから気にせず入れてやれと言っている為、多分騒いでいるのは信長の配下だろう。諦めが肝心だぞ。


 パンッ!襖を勢いよく開けて中に入って来たのは身長も伸びて体もがっしりしてきた信長だ。


 「久しぶりですね義兄上、とりあえず座ってください。甘いお菓子を用意しましたので食べましょう。」


 「で、あるか。」


 信長はそう言うと対面にどかっと座って出された菓子を楽しんでいた。ようやく追いついて来た信長家臣達は頻りに頭を下げていたが皆こちらに派遣されて来たことのある面々なので気にするなという風に対応していた。


 「佐久間殿、丹羽殿もお久しぶりに御座いますね。柴田殿も信勝殿と共に訓練場で頑張っていると聞いて来ましたよ。」


 二人にも座る様に勧めながら久しぶりの挨拶をする。二人が訓練場に派遣してもらった時に顔を合わせており仲も深めていた。尾張の武将とは顔繋ぎを良くしてある。もし、万が一にでも信長が負ければこちらに身を寄せやすいかな?という打算込みだが。


 「はぁ、殿にも困ったものです。この強引さが魅力といえば魅力なのですが、相手を不快にさせてしまう可能性が高いですぞ?」


 丹羽殿が信長を嗜めるがその声はほとんど諦めている様に受け取れた。佐久間殿に至ってはもう何もいうつもりはないという態度だ。


 「まあまあ、私が気にしていないのですから丹羽殿もお気になさらずに。」


 「ほらな!氏政ならばその様な些末事気にもせぬわ!」


 彫りの深いしかしイケメン顔をにやりとさせて信長が丹羽殿をみる。

 その様子を見てあたふたしているのはこちら側では初の井伊政直や正信、俺に対する態度に怒りを露わにしそうになっているのは政綱かな?

 

 「無駄話は要らないでしょう。今川殿との事ですよね?義兄上?」


 この男、下の者から慕われるのが好きな様で義兄上と呼ばれると嬉しそうな雰囲気を出すのだ。可愛い。


 「うむ、負けるつもりはない。だが、とても困難な事には変わりないだろう。我にできることは今も全力でやっている。しかし、どうにも不安が拭えぬ。何か見落としがないか、気になってしまうのだ。」


 信長の弱音など全く見たことがないのだろうか、丹羽達は驚きを必死に隠そうとして隠せない様子だ。


 「人事を尽くして天命を待つ。ですね。」


 うむ、と信長は頷くと煎茶を飲み干す。


 「北条様は何か織田家に対して支援などはしていただけないのでしょうか?」


 丹羽殿が人の情を動かす顔で頼み込んでくる。北条は今川と武田との三国同盟を切っても特に問題がないといえばないが、それによって失うものは利益よりも大きい。武田は史実よりも強靭な体制を組み上げているし、上杉もまだまだ健在だ。常陸に至っては佐竹が何故か実質的にうちに従属して北に北に食指を伸ばしている。下野上野を除けば確かに北条は安定しているがデメリットを背負ってまで助けるほどではない。

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