第273話 旅路

273


 1553年 7月 斎藤道三


 「ほう、光安が推薦するほどなのか?」


 道三は自室で尾張へ向かう為の準備として様々な連絡をしていたところ忠臣の明智光安が部屋を訪ねて来たため手を止めて茶を楽しみながら話を聞いていた。


 「はい、岩手家、いえ今は竹中ですか。竹中半兵衛殿は幼少ながら様々な兵法書に通じ将来が嘱望される若者にございまする。元々尾張に向かう予定があったとかで、それならば道三様と共に向かわれてはどうかと思いまして。」


 光安は甥っ子である光秀から是非とも竹中半兵衛を同行させて尾張に来る様にして欲しいと頼まれていた。甥っ子の頼みである上に元々そこまで警戒することもないと思っていた光安は竹中半兵衛の事を実際未来ある若者の一人として道三に推挙していた。


 「光安がそういうのであれば今回は連れて行くとしよう。孫四郎や喜平次の将来の側近候補となれるやも知れぬからな。未来の美濃を継ぐ者たちにはそれなりの配下を用意せねばな…」


 道三の中では既に後継の候補に義龍の事など選択肢にも入ってなかった。その様子を見て不安感が拭えない光安だったが、道三様は言い出したら聞かないからなと再三伝えている事だったのでグッと言葉を飲み込んでその場を過ごした。


 「尾張に行ったらお濃と婿殿に会うついでに是非とも港街を見てみたいものよ。この美濃にも北条の品は京や尾張から流れてくる。実際にどの様なものがどれくらいの規模感で動いているのか、この目や肌で感じたいものだ。」


 「噂によると大層な賑わいを見せており、7道の中で東海道が最も豊かで活気があるとも言われておりますな。その発信源はやはり北条殿が中心になっているとか。」


 「そうじゃのう。婿殿は妹殿を北条殿の側室として縁を結んだという、そして北条殿はそれを受け入れた。あの今川と同盟を結びながら婚姻同盟を受け入れさせたのだ、北条殿は婿殿が今川義元にも負けぬと見ているのよ…。楽しみだのぅ。」


 「北条殿の領地は私も一度訪れてみたいですな。甥っ子の光秀が伊豆守様の重臣として大軍と城の普請、軍師としてなど様々な場面で重用されているとかで嬉しそうに文を送って来まする。」


 「確かに北条殿の領地というか、関東全域はこの世のものとは思えぬほどの繁栄をしているという。元々領地であった相模は言うまでもなく伊豆や駿東、武蔵、下総上総、安房なども伊豆守殿の手腕で京よりも栄えているらしい。米は余るほど取れ、米以外の物産が様々に作られる。そして、民は戦に連れて行かれることはなく稼いだ金で日々を楽しむ事ができるらしい。」


 「有名な話ですな。夢物語の極楽ではなく、現世の極楽と呼ばれ始めている様です。新しく領地になった上野下野なども我が甥が関わりながら急速に発展しているとか。押しも押されもしない戦国一の巨頭となっております。」


 駿東から流れて来た煎茶を飲み、喉を湿らせながら日が暮れずさんさんと照っている外を見て夏を感じた。

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