第267話


 「それは…、特に何もありません。私が義兄殿に対してもう一度会いたいという思いがあるくらいですかね。前回の上洛では尾張に寄る事ができませんでした。尾張に行くならば1日程で済みまする。行くだけでただのようなものにございましょう。」


 氏康は苦虫を噛み潰したような顔をする。今までも北条に利がある上に氏政がやる事によって物事がより好転するという事でやりやすいようにさせてきたが、今回に関してはただただ好きなようにしたいというだけのように聞こえたからである。


 「つまり、私情で織田家に利益を与え、武田や今川との関係を緊張させようというのか?」


 「そうでございまする。結婚する相手の家へと便宜を図るのはもっともなことでありましょう。それに武田や今川とは三国同盟を結んでおりまする。楽観視するつもりはありませぬが今の北条に対して2国が攻め立てようとしても被害が大き過ぎて二の足を踏む状態であります。また、万が一そのような事態になったとしても風魔の力を使い相手の足並みをずらしたり、そもそも出兵が難しい状況に致すことも既に可能でありまする。」


 氏康としては、もう行かせても良いのではないかと内心思い始めていた。


 「さらに付け加えるとするならば、織田殿は尾張を統一し、美濃とはご自身が婚姻同盟を結んでおり今川に対して全力で取り掛かることができます。対して今川は三河に不安を抱えております。」


 「お主は今川殿が織田殿に破れると見ているのか?」


 氏康はことここに至ってその可能性に辿り着きありえない、という気持ちとこやつが言うならば…という気持ちで困惑していた。


 「可能性はありまするな。どちらにしろ、我々は両者と縁を持っているのです。今川殿が破れればそれを保護する形で傘下に入れても良いですし、織田殿が破れることがあれば彼らの中から優秀な人物を招けば良いのです。どっちつかずとも取れますが父上ならばこの事の重要さがお分かりになるのではないでしょうか?」


 氏康は氏政からの提言を聞き入れ、周りの者たちに少し一人にするようにと伝えた。氏政達は頭を下げると部屋を出ていった。


 「あの名将である今川殿が負ける…?そんな事があり得るのか。いや、あり得ないと断定する事自体が危ないのか。」


 氏康は氏政への織田行きを認めるとともに今川へも正室を貰ったのであるから挨拶をしに行かせるつもりであった。勿論腕利の護衛達を連れていくが何があるかわからない。織田と敵対している今川からは不信感が生まれている。これをどうするかに頭を悩ませ始めていた。


 


 

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