第244話 尾張の虎 死す

 「はっ、現在今川、武田、上杉に置いては配下が深いところにまで根付いております。ですので枝葉である下忍たちを減らして他に回しても問題はございませぬ。また、義堯殿に蝦夷へ行ってもらう最中に様々な領地で風魔の手のものを置くための商館を設置させてもらう許可を得ていただいたため直ぐにでも活動可能にございまする。」


 「うむ、蝦夷地の事もある。我々関東と蝦夷地を繋ぐのは海とはいえ陸の方も気にして行く必要は認める。動かせる手のもののうち半分を遠のくに回すのだ。残りは領内の監視と防衛、それに尾張と京にそれぞれ回すのだ。今回の事で都の情報を得ることの大切さをみに沁みたわい。」


 父上の指示のもと風魔の派遣が決定された。

議会はそのままお開きとなり各々は各自の領地へと帰って行き使命を果たすために奔走し始めるのだった。


〜〜〜〜


 北条が束の間の休息を味わっている頃、尾張では怒涛の出来事が始まりかけていた。織田信秀本拠地、那古屋城では信秀と信長が語り合っていた。


 「親父よ、もう駄目そうか?」


 とこに伏せっていた父が脇息にもたれ掛かりなんとか身体を起こそうとしているのをじっと見つめながら信長は問いかける。今川の侵攻を食い止め尾張の虎はその生涯に幕を閉じようとしていた。


 「ああ、駄目そうだな。美濃との戦、今川との戦、それに織田家派閥との戦とそれぞれ残したままお前に任せることになるのは忍びないと思っておる。」


 「なに、親父殿が残した試練だと思えばなんともない。それに、俺には秘策もある。どんと任せて逝くがいいさ。」


 気丈に振る舞う息子を見てやはり、ワシの後継者はコイツしか居らぬと信秀は確信した。あと余命いくばくもないワシに出来ることは…


 「なら、ワシからの手向けだ。少しは御主の未来を楽にしてやろうぞ。誰か居るか?信勝と奥達、それにかき集められるだけの家臣を呼んで参れ!」


 大きな声を出した事で身体に大きな負担となっていることを自覚するとワシも落ちぶれたなと口元に力のない笑みを浮かべた信秀は最後の仕事だと気合を入れ直す。


 四半刻もしないうちに城下に集まっていた家臣達や信秀の子供、奥方達が信秀の自室の周りに集まる。部屋の中には収まりきらないため家臣達は廊下や庭先などに待機することになったが誰も雑に扱われていると思うことはなかった。これは、信秀がこれまでの人生で積み上げてきた徳であったのだろう。


 「さて、皆のものも薄々は気づいているだろうがワシはもう長くない、この身は朽ち果てて行くだけだ。今までの忠勤、感謝する。ワシの後継者は信長だ!皆、そう心得よ!こやつはうつけを演じて皆の心を掴みきれていないのはワシもわかっておる、しかし、こやつは大を成す男だ。最初の数年は今までお主たちを纏めてきたワシを信じてコイツについてやってくれ、その上で当主に相応しくないと思えば信勝でも担いで引きずり降ろせば良い!それで負けるならばそれまでの男だということだ。ワシの人生42年悔いはない!皆のもの、達者でな!」


 信秀は姿勢を正し大きな声で遺言を言い終えるとそのままフッと身体から力を抜き項垂れる様に下を向いた。信勝や周りの家臣達は遺言に戸惑う中、信長は深々と頭を下げ信秀から涙が見えない様、声を上げぬ様に唇をかみしめた。


 織田信秀1552年 死去

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