第236話


言葉をつづけようとしたところ横槍が入った。


 「この痴れ者が!!」


 そう言って飛びかかろうとしたのは三淵藤英だった。藤英にとって幕府、将軍とは自分の権威や権力を保障する後ろ盾であり拠り所だった。そこを逆撫でされて我慢ができなくなったのだ。


 「静まれい!」


 そしてそれを止めたのは足利義輝本人であった。氏政が動く間もない一瞬で踏み込み、藤英の初太刀を鞘で受け止めていた。


 「も、申し訳ございませぬ!!!頭に血が上ったとはいえ、公方様のお手を煩わせてしまうなど…この失態は私めの責任にございまする!!腹を切りますのでどうにか許していただけませぬか!」


 藤英は刀を手から落とすと体を震わせて平伏し義輝に謝罪を示す。


 「ふん、御主にはまだまだ働いてもらう必要があるのだ。勝手に腹を切ることは許さぬ。伊豆守、申し訳ないのだがワシに免じて許してもらえぬか。勿論タダとは言わん。今御主の身を守ったこの刀をやろう。九字兼定だ。」


 周りの幕臣達が顔を顰めたり変えたりしている。義輝の刀剣収集趣味は誰もが知るところであり、愛用している名刀の一つを手放すことになってしまったからだ。


 「はっ、勿論に御座いまする。刀など頂かなくともお許しいたします。私も失言を致しましたお許し頂ければ幸いにございまする。」


 やんわりと辞退しておく、刀剣や茶器は俺も欲しいとは思うがこの場面で貰うのは流石に気が引ける上にあまり印象も良くなさそうだ。


 「ワシの気が済まぬのだ、受け取れ。それにワシには他にも刀がある上に其方から貰った刀もいくつかある。気にするでない。」


 そう言って、ほれ、という感じで刀を鞘毎握り俺の目の前に差し出す。これでは断れないし固辞する方が失礼に当たると思い受け取る。


 「そういう事でしたら有り難く頂きまする。家宝として常に身につけようと思いまする。」


 「うむ、何かあればその刀を使い、ワシの代わりとして関東の秩序を守るのだ。その際は関東管領としっかりと連絡して協力するのだぞ。」


 …やられた!俺がこれから成すことは朝廷からの大義名分だけでなく義輝の後ろ盾をも得ていることにされた。誰だ、足利義輝が無能だみたいに評価していた奴は。頭もキレて、剣術も一流。生まれる場所さえ間違えなければ大名として大成するだろうに。


 「はっ。」


 「さて、実虎との関係でどの守護職を与えるか迷っていたが相模・伊豆・上総・武蔵・上野・下野・下総を与えよう。そしてその役職を持って関東管領と協力するのだ。」


 大盤振る舞いしてきた。どういう事だ?関東を任せて上杉との協力のもと足利の軍として働けという事だろうか?しかし、ここで断る択はないな。


 「有り難く拝命いたします。関東の安寧を守るために奮起し、より一層民の為に尽くします事を誓います。」


 うむ、と義輝は満足そうに頷く。その頃には元の席に戻っていた。藤英は魂の抜けたような顔をしており、和田惟政は目が据わっている。これは襲われるかな。今回のセリフは詰まるところ幕府じゃなくて民のために頑張るよって事だ。さて、どう切り抜けようかと考えていると伊勢貞孝が口を開いた。


 「では、これからは守護として朝廷だけでなく幕府にも毎年貢物を持ってくるように。朝廷よりも多く持ってこいとは言いませぬがそれ相応の物を要求致しまする。勿論、守護としての責務は果たしていただけますかな?」


 多くの幕臣が伊勢貞孝を苦そうな顔をして睨みつける。銭に阿漕な態度が気に食わないのだろう。幕府の権威を愚弄しているとでも思っているのだろうかな。正直朝廷に貢いでる量の10倍を貢いでも痛くも痒くもない為、ほぼ無傷だ。幕府に、将軍に恭順したと思われるのも癪だが有り難く守護職を受け取っておくとしようか。


 「勿論にございまする。」

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