第235話

 幕府がある花の御所に向かって馬の歩を進めていく。今回の供回りは十人ほどの護衛と側近のみで里見義堯、政豊、義弘の三人だけが一緒に中まで入る。花の御所に着くと藤孝が出迎えてくれており、彼の案内に従って馬を繋ぎ奥まで向かう。あまり歓迎されていないようなのはピリッとした空気からよくわかるのだが、なんとも気まずい感じだな。


 謁見するために居住まいを正して待つ。幕臣達は左右に分かれてこちらを値踏みしたり睨んだり、無関心の目で見たりしている。このままどれくらいの時が過ぎるのだろうかと考えていると、義輝がやってきた。頭を下げ、声がかかるまで待つと頭を上げよと声がかかったため、一度待ち、もう一度声がかかったタイミングで俺だけ頭を上げる。クソめんどくさいとも思うが様式だしなと面には出さずにしれっとしておく。


 「さて、今回来た理由を聞かせてもらおうか。」


 義輝ではなく、そのそばに控える和田惟政が質問を飛ばしてくる。藤孝の親族である三淵から質問するのはやめておいたのかな?


 「はっ、些細な行き違いが御座ったため将軍様をご不快な気持ちにさせたと藤孝殿からお聞きして、謝罪をする為に参らせていただきました。」


 和田惟政はニヤリとすると言葉をつづける。


 「ほう、それは何かな?」


 「我々が幕府に対して反抗心を持っているとの誤解が生じているようでしたのでそのような事はないとお伝えに参りました。しかし、言葉だけでは足りないと思い細やかで取るに足らないものですが我が領地で作られる特産品をお持ちしました。是非ともご笑納頂ければ幸いにございまする。」


 横から義堯が書状を取り出し藤孝に渡す。そして、藤孝が書状を改め義輝に渡す。義輝は書状をさっと一読するともう一度じっくりと読む。その後に隣にいる伊勢貞孝に渡すと声をかけてきた。


 「ふむ、これらの品は有り難く受け取ろう。しかし、まだ核心に応えて居らぬな。其方は幕府に対してどう考えているのだ。朝廷の方に重きを置いているのは百も承知している。」


 義輝が初めて言葉を発してこちらをジッと見つめてくる。不思議な感覚だ。なんとも思っていなかった足利義輝だが実際にこうして会うと全く別の印象を持つ。大を成そうとしているやる気のある意志と全てを諦めている心が両立している。不思議な方だと思った。


 「…幕府に対しては何もござりませぬ。良いとも悪いともです。朝廷を重視しているのは銭を稼ぐためにございまする。その結果として帝が私に官位を与えてくださっただけで私からねだった訳ではございませぬことをご承知頂きとうございまする。」


 一気に殺気だった。


 「何を言うのだ!武士である以上、将軍ひいては幕府を一番に思うのが当然であろう!この不届き者が!」


 大舘 晴光が声を荒げてコチラを非難してくる。他のもの達もチラホラとコチラを見下す目線を送ってきていた。流石に刀を抜こうとする馬鹿は居ないようだがいつ襲われても文句は言えなさそうだな。


 「そうか、では何故何も感じていないのだ?」


 義輝はそんなものを気にせず淡々と俺に問いかけてくる。俺は周りの雑音など気にせずに彼と話すべきだと切り替えた。


 「はっ、失礼ながら幕府に仮の権威は御座いましても実力がござらぬからです。」


 周りが一気に沸騰したように感じるが無視して目をしっかりと見る。


 「そうか、御主は愉快な男だな。ワシは足利家を復興するために一時的に三好とは手を組んだ。臥薪嘗胆だ。また、各方々に書を認め諸大名を動かし武家の頭領として天下を差配しようとしている。それでも力がないと申すか?」


 「はい、御座りませぬ。なぜなら…」


 


 

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