第237話


 さて、これでお開きかな。帝や前久殿になんて説明しようかと思っていると義輝が言葉を続けた。


 「相模では相州伝を主に様々な流派の刀匠達が集まり切磋琢磨して刀を打っていると聞いているが今回はそれを持ってきたのか?」


 「はい、北条家本拠の小田原を支える城である韮山城の城下町で打たれた中でも職人達が自信を持って献上してきた中から更に厳選して選んだもの達を持ってきておりまする。宜しければ別室に控えさせてありますのでご覧になりますか?」


 そう言いながら藤孝に目を配る。元から貢物関連は藤孝に任せてあったので特に不手際は無いはずだ。さ


 「他にも塩や椎茸、米や銭などもございまする。武具関連ですと鎧や馬は嵩張るので持ってこれませんでしたが槍や脇差、薙刀などもございます。芸術関連ですと、唐物を自領で作ることができたため陶磁器なども持ってきております。」


 北条で生産できる特産品を片っ端から持ってきてやった。どうせ幕府に渡さなければならないならば豊かさを見せつけた上で京でも北条物が流行ってくれたほうが得だという考えからだ。


 「銭など、卑しい奴は持ってくるものが違うのう」


 義輝には聞こえないようにこちらにだけ聞こえる声で悪口を言ってくる幕臣が多い事多い事、どうでもいいがな。


 「北条領では様々な特産品を作り、民が銭を得る事で豊かな暮らしをするようになり健康的で強い肉体を手に入れ、知識を身につけております。そのような彼らが北条の為に自主的に兵として力を奮ってくれるのです、我々の兵が強い理由はそこにございます。もちろん、彼らを支援する為に良い装備を支給したり訓練をさせたりするのも我々の義務ですが。」


 義輝は黙ってこちらを見て話を聞いている。この話は武力に変換してわかりやすく伝えているが民を重んじる事で上のもの達がさらに豊かになる、強い国を作ると言う富国強兵の基礎の部分だ。もし、この話を聞いて自領で工夫することができれば少しはチャンスがあるのではないだろうか。三好だって一枚岩ではないし、当主と嫡男が死ぬ未来があるのだ。限りなく低い可能性ではあるが義輝が信長と協調して西日本を治める可能性だってある。


 「で、あるか。」


 「はっ。」


 他のもの達が持ってこられた特産品に目を奪われている中義輝は目を逸らさずにいた。1度目を瞑ると先ほどまでの覇気が一切なくなり、全てを諦観しているような雰囲気に変わった。どうしたのかと考えていると三淵藤英が声を掛けてきた。


 「伊豆守殿には御足労いただき感謝する。此度の謁見はこれで終いとするので気をつけて帰られよ。」


 有無を言わさない状態で此度の謁見は打ち切られ、俺は義輝ともう一度話す機会もなく退出することとなった。最初から最後の手前まで喋っていた義輝と最後の義輝、どちらが本当の義輝なのか俺には読み取れなかった。そのように思案しながら宿に戻る途中で義堯が前に出てきて警戒を露わにした。


 「はぁ、やっぱり来たか…。」


 先ほどもらった兼定の鯉口を切らずに持参した刀の鯉口を切る。義堯や政豊、義弘はしっかりと三方向を分担して俺の周りをがっちりと固める。身長の高い兵達が弓矢を防ぐ為に俺への射線を切るように立つ。そうして敵が来るのを待っていると…

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