第210話

210


 日本では小氷河期であった戦国では早めの冬がやってきていた。特に現在越後を収めている上杉実虎は越後統一に大手をかけるため京都へ向かう船へと乗っていた。この船は最近になって日の本中を駆け巡っている商人の船で今回の京都行きの足として利用させてもらっていた。


 「実虎様、ここは寒うございまする。できますれば中で到着をお待ちになってくだされ。」


 実虎の側近直江が声をかける。しかし、それに対して首を横に振った実虎は先頭に立って甲板から船の端まで行く。それに付き従って行くと、かなり肌寒い風が体を貫いているかのように感じるほどとなっていた。


 「この先に京都への道が続いてるのだ。我々が春日山に篭っていたら一生見れない光景だな。」


 実虎の心には2つの想いが蠢いていた。単純に戦闘欲だ。武田や北条、蘆名と鎬を削り戦をしたいという気持ち。それとは別に今の戦乱の世の中を収めるためには秩序を取り戻さなければならないという正義感だった。それに対して理性では、秩序の為には戦を避け越後を豊かにする時間が必要だという考えと秩序や大義のために戦い続ければ越後を豊かにするための時間や資源がすり減るだけだという考えだ。

 その気持ちに整理をつける為にも実虎は秩序を形成している場所、京都へと向かっていた。それは奇しくも北条氏政が京都へ向かおうとしていた時期の少し前であり、入れ違いとなってしまうタイミングであった。


〜〜〜


 「なるほどのう!実虎殿はとても良い男よのう!聞いていて清々しい気分でおじゃる!」


 そう愉快そうに、しかし上品に笑っているのは近衛前久であった。史実でも蜜月の関係、というよりは親友であったのではないかと言われているこの二人は帝に会う為に取り次ぎをお願いしようとした時に出会い意気投合。酒を飲み交わしながら実虎の歩んできた人生をツマミにしていた。


 「そういえば、お主は幕府の方には既に寄っていたのであったかな?」


 「はい、武士をまとめる秩序とはどのようなものなのかこの目で見て理解しようと思い足利義輝様のお目にかかりました。」


 若狭から近江を通り、その際に朽木に寄って将軍足利義輝に目通りをした。厚く持てなされ、刀剣や武術が好きだという武家の当主らしい、武家の頂点に立つにふさわしい武士であると実虎は感じていた。実際に話してみれば戦に対しての造詣も深く、政治的判断もできるようで彼の元でなら新秩序を作ることも夢ではないと感じ始めていた。その為にも武田を抑え、若狭まで進出、朝倉などと協力して京都を義輝の手に返さなければと思い始めていた。


 「どうだった?奴は将軍たり得る人間だと思うのだが如何だったかな?」


 「ええ、私もふさわしい人間であられると思いまする。」


 二人で酒を酌み交わす。前久の個人宅は北条氏政との関係性により他の公家達に比べて豪華な暮らしができていた。前久としても豪華絢爛な暮らしをする事は避けていた。というのも要らぬ恨みを買う必要もなかったからだ。それはそうとして、庭も整備された前久宅では月を見ながら縁側に座っていた。


 「そなたが、越中 越前を抑えれば朝倉と六角と協力をして奴の手に京都を任せることも可能なはずだ。期待しているぞ。」


 「はっ!」


 「それにのう、北条と協力すればより簡単に秩序を形成できるのではないだろうか?北条と上杉が組めば怖いものなしよ。京都から奥羽前まで平和を保てるやも知れぬぞ?」


 そこで、実虎は酒を飲む手が止まった。少し口元をニヤリとさせ流し目で隣の前久を見てこう告げた。


 「どうでしょうか。彼らは武士が土地を持つ事を認めておりませぬ。本質的には武士では無いでしょう。」

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