第203話

少し寂しそうな遠い目をしながら目を伏せる。


 「ええ、殿ならばきっと御子息を立派な将として鍛え上げてくださると思いまする。そして、北条に組み込むのではなくそのまま相馬殿の元にお返ししてくれるでしょう。その時に重臣やお連れの方々がいても何も言わずに笑い飛ばして受け入れることでしょう。」


 盛胤はそうか。とだけ呟いてその場を後にした。義堯はその後残った相馬盛胤の配下達から戦の話を聞かれたり逆に語られたりし酒を飲み交わし一晩過ごした。


〜〜〜〜〜


 「そうか、つまりは当初の予定を達成した上に相馬の関心を得ることが出来たのだな。良くやってくれた。感謝するぞ。」


 「はっ、ありがたきお言葉。しかし、勝手に相馬殿に御子息を受け入れる話などを語ってしまいましたがこの事は…」


 義堯が申し訳なさそうに顔を伏せて頭を下げる。


 「そんな事は気にするな。実際俺がその場にいたとしても同じことを言ったであろうよ。それよりも相馬盛胤は流石というべきか頭が切れるし、武勇も凄まじいのであったな?」


 「ええ、かの御仁であるからこそ領地の差を覆して伊達と互角以上の戦いができておられるのでしょう。戦だけでなく先を見通す力や現実を正しく把握できる力を持っておられるかと。」


 「なるほど、俺の元に降ってくれる可能性はあるかな?」


 氏政は自分の前にあったカステラを口に入れながら外を見つめる。


 「おそらく、御子息の代にならなければ難しいでしょうな。可能性があるとすれば岩城や中山道を抑え、北条を頼らなければ生きていけない時に合戦で打ち負かして配下の心を折らなければ難しいでしょう。そして、それは陸奥や出羽の国人集全てに言える事かと。彼らの心は鎌倉武士のままです。」


 義堯は目の前に出されているカステラをみて思案していた。彼らにはこの豊かさを理解させる必要がある。しかし、理解したとて土地を手放すかと言われると怪しいところが大きかった。


 「鎌倉武士か。御恩と奉公、土地に執着する悪しき者たちだ。彼らは土地に住んでいる民たちから搾取する事しか考えておらぬ。より豊かにより利益を求めて戦を起こす、そこには民の事をほんの少しでさえ気にしている様子はない。」


 「ええ、彼らにはそのような意識はそもそもないのでしょう。かく言う私も北条に仕えることになるまで全くと言っていいほど気にしてはおりませぬだが。」


 「とはいっても、義堯は貿易を重視し湊町を揃え、配下の国人集たちの分の田畑も増やしていたではないか。それこそ大名としての姿よ。だがな、やつらは田畑を増やしても上げ前をはねることしか考えておらず、他の国人集達と争い合い名を残すことや先祖代々の恨みを晴らすことしか考えておらぬのだ。そこがいかぬのよ。」


 「では…」


 義堯の目を見つめて頷く。氏政の腹積りは決まっていた。


 「2年後までに蝦夷地の開発体制を整える。そして、二階堂や二本松、田村を潰すぞ。蘆名は放っておけば良い、伊達にも上杉にもいい牽制となる。彼らには佐竹と同じように徐々に我らの元に加わらなければならないように仕向けるのだ。」


 義堯は畏まって頭を下げる。


 「今年の夏や秋は忙しくなるな。」


 「それは今に始まった事ではないかと。」


 2人で顔を見合わせてハッハッハと笑い声をあげ久方ぶりにたまたま集まった光秀や幸隆、勘助などを交えて氏政配下達と宴会を催し気持ちいい気分でこの日を終えた。


 今回の計画を準備し成功させた功績をもって、吉日を選んで次郎法師を元服させた。名は井伊政直だ。今年で十二になるため少し早めの元服だったがこの時代だとそうおかしくもない為特に反発もなかった。若集では一人頭が抜けた形だな。

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