第199話

義堯は草野直清の館で一泊させて貰ってから朝迷惑にならないように出ていった。その際には草野から昨日は大変興味深い話をかたじけない、しっかりと殿に伝えさせていただくと手応えを感じる返事を貰えた。


 「義堯殿、次は伊達と言うことですが、本当によろしいので?相馬と取引したばかりで伊達に向かうと相馬からも伊達からも反感を買うのではないでしょうか?」


 船長から不安の声が上がる。伊達の領土は相馬のすぐ隣、現代で言う仙台だ。奥羽では珍しく巨大な平野が広がり、ここを押さえているものは中奥羽の覇者とも言えるだろう。しかし、その内情はボロボロで伊達が一強を誇っているのは他の国人共が互いに争い合い力を落としているお陰とも言える。それは伊達に限った話だけではなく奥羽全体がそのような風潮である。


 「大丈夫だ。我々は争いにきたわけでもないし、どちらか一方に与する気もないのだからな。我々の目的は蝦夷地を得る事、そして…」


 それから先は極秘であるため言わなかったが直勝から信任を受ける程の猛者である船長が気づかないはずがなかったが言うことでもないので二人で目線を合わせて頷き合った。


 「まあ、主な目的は風魔の拠点を作るための足がかりを設置する事だ。気負い過ぎずに行こうではないか。」


 その後、航路を探しながら伊達や南部を訪れたが相馬のように各家の家臣たちと会い商人用の館を設置させる許可は簡単に得られた。伊達に至っては相馬の情報を流してもらえるならば金は払うぞとまで当主が言ったらしい。南部でも同じように気にせず、むしろもっと交易をするために船を寄越してくれとまで言われる始末だった。彼ら大大名を務める者たちにとって北条との繋がりは持っていて悪い者でもないしむしろ、利用してやるとまでの気概が見られた。


 義堯はかつては安房を取り仕切っていた大名として彼らに感ずるものがあったがそれ以上の化け物を主君に持つためどうしても見劣りを感じてしまった。やはり、彼と主君では見えている視点が違う。そんなことを自然と考えている自分に気づくと、すっかりと家臣としての自分が馴染んでいる事に気づきふと笑ってしまうのであった。


 「ここまで来ると肌寒いどころではないな。羽織るものがなければ凍え死んでしまうぞ。」


 「ええ、南部手前あたりから感じていましたが寒いですな。さすが最北端といったところでしょうか。」


 かれこれ一ヶ月半ほどの時間をともにしている船長と白湯を飲みながら大地を踏み締めていた。やっと目指していた領地 蝦夷地へと足を踏み入れたのだ。現代では函館と言われるこの地は蠣崎氏が治めている領土であった。


 他の土地と同様に伝令を出して蠣崎氏との面会を果たす。今回は、家臣ではなく蠣崎家当主が直々に出迎えてくれるらしい。ここまで来ると北条の事など風の噂程度でしか入ってこないはずだがどうなっているのだろうと義堯は疑問に思っていた。


 「お初にお目にかかる。北条家 北条氏政様の家臣 里見義堯でございまする。以後よしなに。」


 「これは、こんな遠い地までわざわざご苦労様でした。私は蠣崎家当主 蠣崎季広でござる。今回は交易を求めてこちらにいらっしゃったようだが…」


 季広が何を求めているかを義堯は瞬時に理解していた。蠣崎氏の城までの道を進んでいて思ったのは明らかに貧しいと言う事であった。土地柄もあるのだろうが米の実りは悪そうで土地もパサついており、明らかに不毛な大地であった。


 「はっ、我が主人氏政様は蝦夷地では米が取れづらい、変に特産品や交易品を持ってくるよりも米を持っていくべきだと仰せになりました。その命に従い米2千石をお持ちいたしました。」


 「2千石!?そ、そんなにも持ってきていただけたのか。それはありがたい!お恥ずかしながら氏政殿が言う通りこの土地は米が取れづらい。助かりもうす。」

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