　次の日の朝、安宅船に乗って岸まで近づき小早で陸まで向かった義堯は、船から陸に降りた時特有の揺れに苦しみながらもなんとか会合の場に向かった。

　「これは、遅れてしまい申し訳ない。北条家北条氏政様の臣下である里見義堯だ。此度は補給の要請を聞き入れていただき感謝の念に絶えない。」

　佐竹義昭であろう若くてしっかりとした男に少し頭を下げながら堂々とした態度で話しかける。内情的にも外面的にもここはしっかりと上下関係をわからせておきたいからだ。

　「いえ、こちらこそ1日待って頂いたのです。ありがとうございます。補給に関しては私どもは特に何もしておりません。商人を紹介しただけに過ぎませんから。」

　佐竹義昭もその事はハッキリとわかっているのか大名として対等に話しながらも何処か丁寧な言葉でへりくだっていた。少しの間談笑しながら義堯達がどこへ向かいどうしたいのかを話のつまみに食事を楽しんでいた。

　「そういえば、佐竹殿は我らのやり方を踏襲していらっしゃるとか、進捗はどうですかな？」

　佐竹義昭が手に持っていた湯呑みを置き、頭をかきながら答える。

　「いやあ、まだまだうまくいかないですね。農民達に農業に専念させる。そのために北条から来た商人を通じて農道具を支給し、馬や牛を貸し出していますが効果が出てきたのも最近です。軍の方にはまだまだ手が出せておらず…。」

　実際のところ、銭で雇った兵達への転換は4割ほど進んではいた。特に佐竹義昭直轄の3千は全て銭の兵になっており練度も高かった。

　「ほう！凄いですな。私たちは氏政様の指揮があったからこそ簡単にここまでこれましたが義昭殿もどうしてか、才能にありふれている様でございますな。我が殿が義昭殿を高く評価されるわけだ。」

　義堯は手を組み大仰に頷きながらチラリと周りを観察すると義昭は勿論彼の配下達も驚いていた。義昭自体は人望にも溢れているが、急激な改革についていけている若手達義昭派と、頑固な今までのやり方を踏襲している反対派がいる。その彼らが驚いているのだ。

　「そこまで、評価していただけているのですか！？関東大包囲網の際に一度会ったきりなのですが…。」

　「ええ、氏政様は是非とも北条と共にこれからの世をまとめて行ってほしい。そのためには義昭殿のような能力が高く柔軟性に溢れたものが必要だと常日頃から口にされております。」

　義堯がうんうんと頷きながら答えると義昭は老臣達誰からも批判され、常に先頭であり続けたため緊張の糸の先で張り詰めていた思いが弾けそうになったのか少し涙ぐんでいた。義堯はそれを見ないふりをしながら湯呑みに口をつけて一息ついた。

　「更に言うならばこれからは成果が出たことを全面に出し彼らの土地を見直すべきですな。曲がっていたり歪な形の土地を整えたり、小作農と自作農をはっきりさせ、分担を決めさせたりなどする事で農作物の育ち具合や毎年の収穫量がしっかりと把握できます。そうする事で配下たちの中抜きがわかりやすくなり不正も減るでしょう。この土地を整えることを我らは検知、そして収穫高を把握して管理する方法を簿記という手段によって確立されています。もし、佐竹殿が望むならば我々の文官を送るなりしてもよろしいですぞ？」

　「ふざけるな！！！！！！ワシらは北条の犬に成り下がったつもりはないぞ！！！殿のなさる事だからついてきたが其方たちに口出しされる謂れはない！」

　義孝の言葉に義昭に渋々従っていた老臣達が騒ぎ立て始めた。

　「控えよ！義堯殿は親切心で提案をしてくださっただけだ！そうですな？」

　「ええ、我々は義昭殿を高く評価していることを伝えたかっただけでございます。勿論、あわよくば我々と共に進んでくれたならば嬉しいですが。」

　「そのお気持ちはありがたく受け取っておきまする。先ほどの話ですが、我々の手のものをそちらに預けてやり方を学ばせて頂くことはできませぬか？」