第169話

 宇都宮城に北条軍侵攻の知らせが届いた頃、その次の日には虎康が宇都宮城を包囲していた。宇都宮城内では各地の自領に戻る前に北条軍が侵攻していたという事もあり諸将が論議を交わしていた。元々北条に擦り寄る予定だったので降伏をして軍門に降るべきだという論調と宇都宮領を手に入れたのだから横取りされる訳には行かないという論調がある。彼らを取りまとめる壬生としては前者の論調を推したかったが、壬生一派を形成する者たちは壬生の野心に関心を惹かれたもの達が多く後者の者たちを無視する訳にもいかなかった。


 壬生はとりあえず降伏をするしないとは別に何故こちらを攻めたのかを確認するために使者を送ることにした。使者は北条軍で丁重にもてなされ、返答を貰ってきた。


 「北条軍が述べるには幼い伊勢寿丸(のちの宇都宮広綱)を連れた芳賀高定を保護し彼らに正統なる領地を取り戻すためであると。」


 「なるほど…奴らを北条軍の手元に逃してしまったことが失敗であったか。」


 頭の硬いもの達にわかりやすいように伊勢寿丸に領地を返すためなど述べているが実際は宇都宮領、ひいては下野国を手中に収めるための詭弁でしかないな。保護された上に北条の力で取り返した領地に裁量権などあるはずもない。高定達は既に失うものが無いのだ、それならば神輿としてでも北条に寄生して栄えたほうが良いという事だな。


 「それと降伏の条件も同時に伝えられております。全領地を手放し北条の下知に従うこと、壬生親子の切腹、元々壬生に着いてきていた国人達の当主の切腹にございまする。」


 使者を務めた男の言葉にこの場のもの達はざわめき立つ。我々が宇都宮領を抑えるにあたったしょうがなく降ったもの達は生き延びれるのは当たり前の事だが、それとしても主だった将を全て失うことになるのだぞ?これからの領地運営や北条軍には我々は必要ないという事なのか…


 「しかし、この条件を守るのも酷であろうから喜連川五月女坂で宇都宮軍を襲っていない者たちに関しては切腹なしでの降伏を認め、襲った者たちに関しては切腹したものは残りの一族を北条で雇っても良いと、切腹しないものは一族郎党国外追放にするとの事です。」


 大分条件が緩くなった。切腹することに変わりはないが残されたものたちが北条の元で栄えられる可能性が残ったのは心を傾かさせるのには十分であった。それに、切腹しない場合でも国外追放で済まされるとなれば先の条件に比べ受け入れやすい。硬柔合わせた良い揺さぶりよな。


 「ワシは皆が望むのであれば切腹をしよう。ワシと息子は許されぬであろうがお主たちはまだまだ選択肢がある。好きなようにするが良い。」


 さっさと、言うべきことを言ってその場を後にした。北条がここまで侵攻してきており、降伏を許さないと言っている以上もうワシに出来ることはなかった。ここからは北条の元で壬生の勢力を保ったまま権勢を保つことだけを考えていたがそれすら許される状況ではない。となればどれほど抵抗しても意味はないのだ、息子とワシは死ぬだろうが家は残る。冷遇されたとしても他の滅びていくに決まっている勢力にこびり付くよりは北条の元で庇護下に入った方がいいに決まっているのだ。


 ワシは遺書を残すために筆を取る。ワシと息子は死ぬため残す一族のことを北条に許してもらいたいこと、叶うならば下働きでも良いので庇護してほしいこと、壬生一派の中でも過激派や北条に渋々従っても反乱を起こす可能性のある一家などの情報を纏めておき、書に認めると隠れているだろう北条の忍びに書を渡そうとした。


 「もし聞いているならばこの書を持って北条軍に伝えてもらいたい。強硬論を押し通し抵抗しようとしてもそれは本意ではないことがわかるはずだ。ワシはここで果てるとしよう。」

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