第162話

 さてと、このめんどくさい状況をどうするかな。長野業正はあの武田信玄を何度も跳ね除けた男だ。史実での北条軍にも屈せず上杉への義理立てで謙信がやってくるまで耐え切った武者であった。忠誠心に溢れているわけではないだろうが義理堅いのだ。河越夜戦にも参加していた長野業正がこちら側に付く可能性は限りなく低いと言わざるをおえない。殺すよりも配下に加えたい男だが…。


 「義堯を呼んできてくれ。」


 源太郎に義堯を呼びに行かせる。一度調略を断られているが最後の交渉だ。義堯の正室は長野業正の妹なのだ、殺されたりはしないだろうという事で義堯にもう一度交渉をしに行って貰おう。


 「お呼びと伺いましたが、箕輪城へ向かえばよろしいですかな?」


 「すまないな。だが養父を殺したくないのは義堯もであろう?俺もかの御仁を殺したくはないのだ。手紙を書いた。これを渡してくれ、殺されることはないとは思うが一応警戒しておいてくれよ。」


 明日の朝矢文を打ち込み交渉人として義堯を送ることを伝えさせ、その後に行ってもらうことにした。これでダメだったらやるしかないかと考えていると、敵の城から出陣の陣太鼓が鳴らされた。警戒に回っていた兵士たちは直ぐに厳戒態勢を敷き、休憩に入っていた兵達は直ぐに持ち場に加わっていく。


 「敵がこぬな。」


 ポツリと呟いた言葉は俺のものだったのか、周りにいた幸隆や勘助、光秀のものだったのかはわからなかった。


 「これは、陽動でしょうな。来ると見せかけて来ず、しかし警戒をしなければいけないので兵たちの集中力が切れていき、士気を下げていく作戦にございますな。」


 光秀は国峰城で試してた事もあってか直ぐに相手の考えていることに当たりをつけ、休憩中の兵たちは呼ばれるまで休むように徹底させた。目が覚めてしまうのは仕方がないだろうが気にしないようにさせた。我々の陣があれば敵がどれほど攻めてこようと間に合うと安心させたのだ。


 「嫌らしいがいい手を打ってくる。ここで手間取ると越後上杉が出張ってくる可能性もある。」


 「それに康虎殿や政豊殿達の方も気になりますしな。大丈夫だとは思いますが講和条件や戦後交渉を行うことを考えれば戦は終わらせておきたいです。」


 勘助が床几に座りながらこちらをじろっと見て意見を伝えてくる。


 「あちらは側には戦後判断できるものが康虎しか居ないし、交渉の時にこちらが手間取っているとなるとそこをつかれる可能性もあるからな。」


 深夜まで特に動きはなく、朝日が上り始めようとした頃、もう一度敵の城から陣太鼓の音が鳴り響く。眠っていた我々は叩き起こされてしまう。だが事前に光秀が伝えていたように警戒態勢を敷いている軍以外は休むようにしているので体力を消耗することを避けることが出来た。


 朝になったので昨日決めていた通りに矢文を打ち込み相手からの了承したという返事を矢文でもらい、城門と我々の陣から離れた地点で側周り3人を連れて会談を行うことにした。こちら側からは義堯 俺 光秀 幸隆の4人でいくことにした。相手側も長野業正と側周り3人の四人でやってきた。


 「お初にお目にかかる。北条伊豆守だ。今回は会談の要請に応えてもらい感謝している。」


 5.60代の老練だが鍛えられた身体をもつ若々しい男が現れた。


 「上野守護代、箕輪衆を纏めている長野業正だ。礼には及ばぬよ。小童の戯言を聞いてやるために来ただけだからな。」


 周りの光秀と幸隆が殺気立つがすぐに手を横に出して落ち着くようにさせる。義堯はこのような番外戦場は慣れているのか淡々としていた。


 「お久しぶりにございます。養父殿、里見義堯にございまする。」


 「おう、久しぶりだな。息災そうで何よりだ。このような対面になってしまったが会えて嬉しいぞ。」

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