第163話


 長野業正が義堯と朗らかに会話している中俺は空気のように扱われている。義堯も俺も気にはしていないが光秀には我慢ならないのだろう、般若のような顔で睨みつけている。今更煽ってくるやつを気にしてもしょうがない気もするが話を進めなければならないのも事実、こちらから声をかけるとしよう。


 「久しぶりの対面に喜ばれるのも分かりますが、そろそろ本題に入りませぬか?」


 長野業正はこちらをチラリとみる


 「これは失礼。我々としては最後まで抵抗するのみにございまする。これでお話しは終わりですな。」


 「さてはて、その義理立てには天晴にございますが現実的には降伏なされたほうがよろしいのではございませぬか?我々もあなた方とは争いあいたくないのです。降伏していただけるならば上野国(の軍)を任せてもいいと思っています。長野業正殿は上野守護代としてこの地の信頼を集めています。そのような方であれば安心して任せられるというもの、なんとかなりませぬか?」


 相手の自尊心をくすぐる様な言葉と実利で交渉する。


 「ですが、あなた方は我が主君上杉憲政様と敵対しました。我々は道理に則ってあなた方の配下になる事はできませぬ。主君が不利になったからと裏切り相手に付くものには誰にも信用されないでしょう。」


 「そもそも、我々が敵対したのは山内上杉が関東諸連合を纏め我々の国民を攻めようとしたからです。卑しくも我々が豊かにした土地を羨み横から奪おうとしたから我々は守ったに過ぎませぬ。道理の話をするのであればそこからではないでしょうか?」


 長野業正が黙り込む。実際戦を仕掛けたのは山内上杉からであった。その理由は関東管領を詐称し勢力を拡大する北条を抑えると言っていたが、本音は氏政の言った通り豊かな土地や銭が欲しいがために攻めたのであった。


 「我々は関東の民を慈しみ愛しております。彼らが飢えず凍えず安らかに生活を楽しみ平和に暮らせる様に尽力するのが北条の使命だと考えております。実際私たちが統治している土地は野盗も現れず、生活にゆとりができて人生を楽しんでおります。どちらに正義があるか、よく考えてください。それと言い忘れましたがこちらは上杉憲政を引っ捕えております。それに、古河公方家を継ぐ足利左馬頭は我々を支持しております。これがなにを意味するか、理解されると思いますが?」


 我々の血縁ではあるが足利政晴が左馬頭になったと言うことは関東公方は北条側に着いたという風に取れる、実はこちらにあるのだ。実際に関東公方にする気はサラサラないが他の物がどう受け取ろうと自由だ。そう思わせる事がそもそも大事なのだ。


 「実も義もこちらにあります。ご決断を。ここで降ったとしても誰も貴方を責めませぬ。長野家も最後まで忠誠を貫いた家として遇される事でしょう。それに我が息子も養父殿に会うのを楽しみにしております。」


 義堯が最後の一押しをする。


 「…ふぅ。わかった。長野家は北条氏政殿に降ろうではないか、北条家ではなく、貴方に降るのです努努そのお気持ちを裏切らないでいただきたい。私は貴方の考えに降るのです。それと、主君の憲政様の助命をお願いしたい。」


 助命か、長野を立てるためにも受け入れよう。どこかで隠居させておいて1年後くらいに心労からくる病死になったとしても不思議ではないしな。


 「分かり申した。業正の気持ちを汲んで上杉憲政は助命するとしよう。その代わり隠居所の指定と監視は付けさせてもらうがよろしいな?」


 「はっ!ありがたい事です。では、我々は城を分け渡す準備をします。兵達は解散させればよろしいでしょうか?」


 「いや、兵士として働きたいものと農民として生きていきたいものを分ける必要があるから一箇所に集めておいてくれ。光秀、いつも通りに処理を頼む。」


 「ははっ!」

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