第160話

 一方国峰城を囲み始めた時、沼田城を囲み始めたのは真田幸隆だった。沼田城は本能寺の変の後に真田幸隆の孫が支配下に置いた場所で後北条との戦いの最前線でもあった。この時代においては真田幸隆が後北条氏勢力として沼田城を攻め立てているのだから皮肉なものでもある。


 幸隆は沼田城を手に入れるのに間者を潜ませていた。山内上杉家没落を目の前にして、家中が上杉憲政派と後北条氏派に分裂した。現当主である沼田顕泰は上杉憲政に通じて反北条方であり、その長子・左衛門尉三郎憲泰と嫡男で沼田氏当主となった弥七郎朝憲が後北条氏に接近していたのである。つまり、父親方は上杉派、次代は後北条派なのだ。


 「城の中に潜ませている連絡役はなんと言っている?」


 幸隆は闇夜に焚かれた篝火の側で床几に座り、天幕の裏にいるであろう風魔の者に尋ねる。


 「はっ、沼田顕泰は徹底抗戦を叫んでいるようですがそれに同調しているのは昔ながらの家臣達ばかりであります。若いものや兵士たちはこちら側に付こうと言う風潮が強いようで城内がひりついております。」


 「よし、こちらから降伏するように矢文を打ち込もう。それを契機にして中で反乱を起こさせ下剋上を成し遂げさせられるか?」


 「お望みであれば2.3日で準備致しましょう。」


 幸隆は宣言通り矢文を昼夜に何本も打ち込み、彼らの目の前で飲食をして相手の戦意を挫こうとしていく。2日目の夜に少し空気が変わり慌てているような雰囲気が溢れ出した。ここで幸隆は慌てずに風魔からの連絡を待ちながら戦闘準備をさせていた。


 「幸隆様!申し訳ございませぬ!」


 「何があった?端的に話せ。」


 幸隆は小手の紐を確認しながらカチャカチャと音を鳴らし報告を聞く。


 「は、下剋上を決行しようとした長子と嫡男が父である沼田顕泰の奇襲をくらい戦死致しました。それが城内の女達にバレ兵士たちにも動揺が走っているようです。こちらの手のものが城門を開く準備をしておりますので可能でありますれば直ぐにでも制圧を…!」


 「よくやった。想定外のことがあった様だがうまく立ち回れる様に工夫してくれたのだな。想定していたよりもいい結果を齎せられる様に我も尽力しよう。しっかりと小太郎にも報告しておくゆえ、残りも頼むぞ。」


 「ははっ!ありがたきお言葉!」


 幸隆や光秀達氏政の側近は昔ながらの武士や新参者達とは違い対等の立場として風魔のもの達を扱うため忠誠心や人情というものが他よりも違った。端的に言うと忍び達から信頼を勝ち取っていたのだ。だからこそ自分達で献策したり本気で力になろうとするのだ。


 「歩兵は短槍 盾装備で突入するのだ。前列は敵からの攻撃を防ぐために盾隊を用意させろ!突入した後は小隊で各部屋を制圧、手強い敵がいた場合は無理をせずに時間を稼ぐのだ!女子供であれ油断はするなよ!小刀一つで我らを殺せることを忘れるな!その上で彼らには酷い扱いをせぬ様に!では、突撃!」


 幸隆の号令に合わせて沼田城の城門が開きそれに慌てた敵兵は逃げるか武装解除をし大した戦闘にも成らずにどんどんと中に浸透していった。幸隆は刀を手に後陣の中で守られながら城内へと向かっていく。


 「沼田顕泰は殺してしまっても構わぬ!こちら側につく者には慈悲を与えよ!長子と嫡男の遺体は手厚く扱え!彼らは我らの協力者であったのだ!」


 城の奥に向かうと死装束を纏った沼田顕泰が小刀を手に持ちこちらをじっと見つめ待っていた。


 「沼田顕泰だな?」


 幸隆は兵士たちの裏に隠れながらも声をかける。


 「然様。お主達の敵である沼田顕泰だ。」


 「武士らしく果てるのであれば介錯致そう。」


 「敗戦の将である我に情けをかけるのか?息子にも手をかけた男ぞ。」


 「戦国たるもの親子で戦い合うのも致し方ないことだ。仏の元へ向かうのであれば1人の武士としてお主の決断に報いると言うだけだ。お主の一族を無碍にはしない事は約束しよう。これはお主の切腹に免じてだけではなくお主の息子達の働きがあってのこと、忘れるなよ。」

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