第145話
「ふむ、奴らはもう向かったか…我らも遅れぬように向かわねばな…」
残った1500の兵を信繁500 穴山500 本隊500に分けて少し離した状態で山登りを始めさせた峠の道は細長く大軍が横列で向かうことは不可能であるためどうしても正面幅は短くなり守り側に優勢になってしまっていた。
「ふむ、やはり木曾義康は峠の頂上から見下ろす形で陣を敷いているか…」
木曾義康は今回の戦のために木曽領で集められる全兵力の800を総動員し南信攻めをしていた武田軍が向かってきたことに対して素早く行動を起こしていた。元から武田が攻めてくるならば鳥居峠だと考えていた為峠の防備は堅めており兵の数で劣っていても防げる算段はついていた。
「物見はしっかりと見ているか?」
「はっ、奴らは三つの隊に分けて登ってきているようです。」
「よし、なれば予定通りに弓矢を降り注がせろ、前衛の兵達には石を投げさせたり丸太を転がさせたりするのだ!」
「はっ!」
木曾義康は木曽領に豊富な木材職人や木こり達を集めて鳥居峠の周りの木材を伐採し物見の視界を確保。その後に丸太に加工させた木材を武器として使うために用意させていたのだ。
「敵は盾を前に出して後退していくようです!」
「よし!深追いせずに武器や弾薬の補充を急ぐのだ!武田とてずっと攻めかかれるわけではない!耐えるのだ!」
信玄は無理攻めをせずに麓まで隊を引き上げさせると陣を敷いていた。
「秋山、お前の配下を森に配置することはできたか?」
「はっ、皆様方が敵の目を惹きつけてくれたお陰で何名か抜けさせることができました。ですので今夜中に奴らの陣に対して工作を始めます。」
信玄はそもそも今回の鳥居峠への攻めで落とし切るつもりは無かったのである。彼らに対しては三つ者を使い陣の破壊工作を行いながら敵をここに惹きつけ別働隊の動きを手助けすることに重きを置いていたのだ。
深夜、篝火がぬるい夏風によって揺らめくなか闇夜を縫って山林から陣へと忍び込むものが数名いた。彼らはお互いに目的を理解しており食糧庫や武器庫などに火をつけたり毒を入れたりなど様々な工作を行っていた。
「おい!起きろ!!!敵の攻撃だ!燃えているぞ!!!早く火を消すんだ!」
木曽の陣内が一気に慌ただしくなる。番をしていた兵は殺されており火が大きくなったり焦げた匂いが広がるまで陣内の兵は気づかなかったのだ。勿論失敗した三つ者もいたが彼らは失敗を悟って直ぐに口の中に仕込んでいた毒薬で自殺を図った。彼らにとって素性がバレることはなによりも恥であり、里での掟にもなっていたのだ。
「こ、こやつらは…くそっ!武田の三つ者と言う奴らか!直ぐに寝ている兵を叩き起こせ!武田が攻めてくるかもしれぬぞ!急げ!!!」
木曽義康は直ぐに陣内の様子を把握すると的確に指示を出すが信玄は日が昇ってもやってはこなかった。
「信玄…恐るべし…」
義康達木曽軍は夜の警戒を増やすことになり日々のストレスが加速していっていた。兵達はだんだんと憔悴していき、遂には立つのも辛い状態で警備をすることになっていた。数日経った頃に木曽義康の元に驚くべき知らせがやってきていた。
「伝令!鳥居峠の反対側に1000もの兵を確認いたしました!!!武田軍の別働隊と思われます!!!彼らは鳥居峠に布陣することなく木曽福島城に向かったようです!」
「な、なんだと!?急ぎ兵をまとめろ!殿の兵を残した後に木曽福島城の救援へと向かう!」
鳥居峠周りの巡回をしていた鳥居峠の偵察である彼らが見た兵は馬場信房が率いている別働隊であり、飯富虎昌が率いる別働隊は彼らに見つかる前にさっさと闇夜に隠れて木曽福島城に向かっていた。
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