第135話

 氏康


 「ふむ、悪くはないな。」


 氏康は息子からの手紙と今川からの手紙を見比べて思案に耽っていた。今川からの手紙は官位についての口添えが欲しいとの事、わし本人に送ってこなかったのはワシ自身が朝廷などに興味がないことを理解しているからだろう。それについては文句も無いし別に失礼というわけでも無いから気にはしていない。


 しかし、北条が今川と織田どちらを支持するのかを言外に迫ってきているのは面白くは無いな。北条としては背後を固めるために織田など切り捨てても問題はないが氏政の奴が織田を推しているからな。如何ともし難い。


 と、悩んでいる時に読んだ氏政の手紙でこいつは俺の心が読めるのかと不気味に思えてくる。やつの手紙には今川の三河守の就任を支援するべきだと書いてあった。そしてその上で尾張守を織田に与えてもらえるように動くべきだと。


 あいつの織田贔屓はどこからくるのか謎でしかないが確かに織田信秀殿は戦国の傑物だ。京と伊豆をつなげる海道の中継地点として優秀だというのもな。あいつは戦功もあげて結果を出している今回のわがままくらい聞いてやってもいいか。北条が織田と今川を天秤にかけたところでどうとでもなるな…。


 「小太郎、いるか?」


 「はっ、こちらに。」 「氏政に望み通りに進める許可を出す手紙を認めた渡してくれ。それと梅千代王丸の件についても考えておけとな。」


 「はっ!」


 さて、俺は山内上杉と甲斐の対処と相模の武蔵の統治だな。あいつに上野と下野を任せるのだ少しくらい手伝ってやらないとな。と言っても伊豆や河東でやっていたことを導入し定着させる事、軍の訓練ついでに道の整備もさせないとな…さて、やることは多い。


 「ここに笠原を呼んでくれ。頼みたいことがあるとな。」


 近くの小姓に笠原を呼び出させる。伊豆から出てきて氏政のやり方を教えるために側近で働いてもらっていたがいつの間にか重臣の一人として重用する様になっていた。本人は歳だから隠居したいと言っているが引き留めていて申し訳ない。


 「お呼びと伺いましたが。」


 「ああ、忙しいところすまないな。喜べ新しい仕事だ。」


 ニッコリとして笠原の方を向くと笠原はまたか…とゲンナリしながら苦虫を噛み潰したような表情をしている。


 「で、内容はなんでしょうか…。」


 「小田原に貯蓄してある余った米を河越や平井 白井 小田 などに運び込む手続きを済ませておいてくれ。こちらでは必要最低限の分以外は東に貯蓄を回す。」


 「はっ、分かりました。殿は東で戦が起きるとお考えで?」


 「佐竹とは特には無いだろうが下野の二家が怪しくてな、何事があっても動けるようにというのと民たちへの慰撫のためだな。」


 「分かりました。軍略方にも話を通して食料に紛れ込ませて装備などを順次送らせておきます。それと康虎殿に新領地の軍の編成とは別に警ら隊を指揮させておりますのでそちらを増強させるように伝えておきます。」


 「ああ、頼む。」


 こういう細かな気配りができる家臣は得難いものだ。やはり笠原が隠居するにはまだまだ時間がかかるな。


〜〜〜


 康虎


 「笠原殿から手紙?わかった、ありがとう。」


 下野で訝しげな動きがあり、軍ではなく警ら隊を動かす事で敵を刺激せずに軍の増強を図ってほしい。なるほど、なれば俺が率いるのは問題になるな。


 「政豊を呼び出してくれ。」


 外で軍を鍛えている政豊を呼び出させに部下を遣る。


 「お呼びとお聞きして参りました。」


 「政豊にはこれから警ら隊を率いて東に出てもらう。古河城に移って城代として働け。文官に関しては別途送るから政豊は軍を使い警戒を主にすることだけに集中してくれたらいい。どうもきな臭い動きがあるようだが敵を刺激しないように軽装の警ら隊をやることを忘れずに行動してくれ。」


 「ははっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る