第133話

 三河を抑えるために今川が国人衆への支配を強めている頃、駿府では雪斎が寿桂尼と面会をしていた。


 「今回の戦、義元様が勝利したとか。」


 「ええ、卒なくこなしておりました。そこで官位を斡旋していただくお手伝いをお願いしに参りました。」


 そう、義元は駿河守であるが三河を抑える名分として三河守を認めてもらおうとしていたのである。既に駿河守 遠江守を名乗っている義元に更に官位をと言うわけだ。


 寿桂尼の妹は現在山科家の当主で人脈に大きな力を持ち史実でも武家からも重要視された山科言継の母親 中御門宣胤の娘である。その伝手を使って朝廷へと働きかけているのだ。


 「今回も献金をすればお話しは通るでしょうが、現在の将軍 足利義輝様が言継様の家領である山科郷を押領する事件が発生しました。言継様は義輝様の伯父として近江坂本にて後見にあたっていた前関白・近衛稙家様に善処を求め、稙家様の計らいで命令が取り消されております。そこがどのように絡んでくるか…」


 「なるほど、ここで山科殿との関係が密接なことを見せれば将軍からの不興を買うかもしれない…と。」


 「ええ…今川仮名目録を発布し、幕府との決別を示しましたがあまりにも好き勝手にし過ぎれば何が起こるかは…。」


 ガラッ 


 「お祖母様それには及ませぬぞ。今川は幕府との縁を全く気にしてはおりませぬ。彼の方が何をしようとも足利には力がございませぬ。我々に仇なすことはないでしょうぞ。それに、我々が交渉するのは朝廷とでございます。そこに幕府が口出しするのは僭越と言うものでしょう。」


 実際には将軍を通さずに話をすることの方が僭越なのだがな。


 「それに、北条からも口添えをして頂きます。まず通らないことはないでしょう。朝廷は思いの外北条を重要視しております。ここ数年のこととは言え、ずっと朝廷を支え続けているのは北条の支援でございますれば。それに比べて幕府が何をしたというのです。今回の事件も朝廷に属する山科家の財源を奪ったのです。つまりは朝廷の財産を奪ったのと同様でございまするぞ。」


 「そこまで言うならば私から言うことは御座いませぬ。あなたの好きになさりなさい。私は山科言継殿に手紙を出すとします。」


 その場を二人で離れて行きながら話をする。今回の件は三河を抑えるためには必ず必要なことだった。三河は松平に対する忠誠が強く織田と今川、様々な勢力が三河を狙って争う地域だ。そのため支配にものすごい労力がかかるのだ。そこで名分は普通よりも価値がある。


 「そういえば、北条からの口添えと仰っておりましたが北条は織田と仲が良いのでは?こちらの話を通さない可能性も御座いますが…?」


 「その心配には及ばないぞ。北条はどうやら我らにも織田にも中立のようだ。どちらか一方に肩入れしている様子はない。それは領内を通る北条のもの達が証明してくれておる。奴らに服部達をつけて監視をしておるが変なことは一切しておらぬようだ。行商や貿易を行い経済活動に勤しんでおる。まあ、情報も集めてはいるようだがそれも世間話の範囲の物だしな。」


 「さてはて、どうなるか楽しみにしておきましょう。誰に話を持っていくのですか?」


 「ふっ、北条氏政だ。氏康はどちらかといえば関東に注力しており交易や外交に関してはあの男が関わっているのだろう。伊豆が基本的に交易の拠点であることを考えても、奴が活動し始めた時期や織田を訪れた事で交易のきっかけになったことを考えてもおかしくは無い。」

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