第132話

今川が三河を抑えて織田と睨み合っている時、それぞれの思惑が見え隠れしていた。


 「父よ、今回の出征は失敗してしまったようだな。」


 「だが、今川は迅速に三河で織田が手引きして松平を裏切らせそれを今川が誅したという事を流布しておる。世間での立場は松平が悪でそれを正した今川が流石、と言うことになっている。我々に大した損はないが三河に手を出すのは難しいだろうな。」


 「なるほどな。だがどうにかするつもりなのだろう?父上は。あの手この手で望むものを手に入れるその姿、まさしく尾張の虎であるな。」


 信秀は、パチクリと目をさせながら息子をじっと見る。そして、少しして大声で笑い出した。


 「はっはっはっ、言うようになったではないか。マムシの養父と尾張の虎を実父に持った気分はどうだ。」


 「ふむ、我の参考程度にはなるとは思うぞ?」


 信長は自身が政務をとり、次期当主としての自覚が今まで以上に芽生え始めた。そして元来からの視点の広さ、思慮深さそこに加え北条から齎される革新的な考えや感覚によって史実よりも遥かに優秀で人間味のある人間となっていた。


 「そうかそうか、参考程度か!はっはっはっ、お主は本当に面白くて頼りになるのう。だが平手を困らせるのはちと良くないぞ?」


 「…それは、分かっておる。だが、爺はいつもいつも我のことを事細かく突いてくるのだ。毎回それでは五月蝿くてかなわぬ。」


 「信長よ、お主なら分かっておると思うが諌言をしてくれる家臣の有難さ、しかと噛み締めて理解しておくのだぞ。」


 信長はそれを理解しているので特に反論することもなくそっぽを向いていた。それを見た信秀はまた笑い始めた。


 「はあ、良く笑った。そういえば、お主に任せておいた常備兵の計画はどうなっているのだ?」


 小豆坂の戦いの後始末のために1月ほど経っているが大凡のフレームワークはできているだろうと信秀が気になって計画の進捗を聞こうとする。


 「はっ、現在小豆坂の戦いで集まってきていた流浪の傭兵達から300程を常備兵として勧誘しました。彼らの待遇は氏政のものを参考として普段から訓練をさせております。それとは別に各農民の3男4男のような家業に従事しても旨味がないもの達へと触れを出して古渡城下町に集めております。現在は500程集まっており、簡単な検査をした後に訓練に組み込んで行っています。それを行っているのは丹羽長秀や佐久間信盛などの先から伊豆の軍学校で学んできた者たちです。」


 実際、軍学校で学んだことを全て導入することは難しい上に鉄砲などもないために完全に模倣はできなかったが、信長は真似のできる普段からの訓練や兵達の教養を付けることなどをさせた。彼らに必要最低限の考える力があれば勝手におかしな行動を取ったり無駄な事が減る。それに加えて陣の形や筋トレなど基礎能力を上げることにも余念なく訓練を行なっている。


 「ふむ、結果が出るのはまだまだ先だろうが準備はしっかりとさせておけ。伊勢守や大和守を抑える日は遠くはないぞ。」


 史実で信秀は伊勢守 大和守を抑えることなく統一できずに病死してしまっていた。しかし、北条が経済的支援という形と軍事ノウハウの伝達をしていたお陰で形になりつつあった。


 「なに?まさか…父上はわざと小豆坂で負けたのか…?いや、それなら辻褄が合う。今川は三河を抑えるために尾張には手が出せなくなる。そして美濃は俺を支援するしか手は無い。更に、北条との関係で儲けた金を使って城の普請や軍の増強、伊勢守 大和守の妬みや恨みは大きくなっているはずだ。そこに加えて今回の失態…」


 「はっはっはっ、ようやっと気づいたか、今手のものを入れて奴らを結びつけてやろうとしておる。年内には無理だが2.3年後には片をつけてやるわい。それにの、ちと違うぞ?三河を手に入れられればそのまま弾正忠家の配下として伊勢守 大和守家は残していた。失敗した場合の道も一応用意していただけよ。」

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