第60話

 「炸裂弾込め完了いたしました!」


砲兵隊の連絡役をしている男が報告する。


 「よし!では作戦を開始する!一斉射の後に順次空砲を行え!四半刻の間はこちらからは攻撃するなよ!」


 「撃てい!」


ダダダンッ


ほぼ一斉の攻撃が行われる。二の丸から放たれたそれは相手の後方側の空中で破裂し中身の鉄片などを火薬で吹き飛ばし相手の身体を傷つけることを目的としている。


普通の砲弾は質量を持ってその威力で敵や構造物を壊す目的だが、この炸裂弾は敵の戦意を挫き怪我を負わせて混乱させることを目的としている。


武士以外にはまともな重武装をしているものは一般の兵にはおらずそこら中で阿鼻叫喚の地獄絵図である。しかも、武士ですら顔や防具の隙間などの当たりどころがわるければ大怪我を負う。


 この状態で相手がどう動くかによるが必ず混乱したところに隙ができる。後は風魔の働き次第だな。


〜今川義元〜


ダダダンッ


 来ないと思っていた敵の天雷の武器による攻撃が深夜に開始された。ワシはすぐに飛び起き周りの確認をしようと天幕を出ると周りは地獄だった。


 鉄の玉が落ちてきたと思えば太陽のように輝きその瞬間周りにいた兵士たちが一斉に地に倒れ伏し血を流しうめき始めたのだ。それが各地で行われている。


 最後方ではなく先陣より少し後ろ側、中陣より前にいたのが良かったのだろう。こちら側にはほぼ被害は無かったが後ろに配置していた補給部隊はほぼ被害を受け、警護に当たっていた飯尾隊と鵜殿隊はほぼ全滅の様相だ。


 「岡部隊、朝比奈隊に夜襲を警戒させろ!敵がくるぞ!我らの隊から500を後方の支援に当たらせろ!無事なものはこちらに回せ!木の盾を持ち突っ込む!急げ急げ!」


 やられた、最悪の状態である。天雷の武器がここにも届くことが証明されてしまった以上ここは死地である。つまり撤退しかない。それならば今ある部隊で中まで行って押し切るしかない。相手はこちらを油断させ今回の仕掛けを発動させるために今までこの攻撃を行わなかったが我らが今度近づこうとすればその前に攻撃され近づけなくなる。


 今しかないのだ!


 「殿!今は諦めるべきです!我らが被害をこれ以上拡大すれば、仕掛けておいた他の策が成功しても意味がなくなってしまりますぞ!」


 そう思っていたら師が我を引き止めにきた。


 「だが!次に攻めかかる時はまともに近づかせてすら貰えないぞ!あの攻撃を見たであろう!?アレを防ぐのは容易ではない!」


 「では!私が岡部殿と朝比奈殿と共に攻勢を仕掛けまする!なので何卒!殿はお下がりくださいませ!!!」


 「くっ…それは…」


 師を失う事と同義であることを悟った我は二の句を告げれなかった。


 「ここまでくるのに払った犠牲のため撤退せずに蒲原城を囲みましたがこれ以上は被害が増えるだけでこちらに勝ち目はありませぬ!ここで泥を啜らずして天下は望めませぬぞ!」


 天下…。師の為にも見せたい世界。河東を失ったとしても、残りの戦力で織田は確実に潰せる。それならば問題はないのか…?だが河東を取られたままでは背中を気にしなければならない。しかし、他の策が一つでも成功しておれば北条から譲歩を引き出せるか…


 「で、伝令!!!!今の攻撃のどさくさに紛れて間者が潜り込んだようで用意した木材と木の盾に火がつきました!また!運の悪いことに補充予定であった臭水にもかかり消すこともできませぬ!」


 「仕方がない!放置しておけ!準備のできたものから撤退せよ!殿は…朝比奈隊に師の兵士を預けて任せる!残りの部隊はバラバラに全速で向田川を渡れ!!!生きて帰ることが先決ぞ!」


 周りの小姓達が各将に伝えに行く。後方で怪我を負った兵士は捨ておくしかない。今は何としても死なないことが先決。すぐに馬に乗り川を目指し走り出す。周りには岡部隊の騎馬500と師、それに我と直属の騎馬隊200だ。


 馬を全速力でかけさせていると後ろの方でさらに爆発音が聞こえてきた。我らが先ほどまでいた先陣と中陣にも攻撃が行われたのだ。あのままでは朝比奈も無事ではないだろう。くそっ!


 「振り返りなさるなよ!殿が生きなければ無駄死にになりますぞ!」


 「わかっておる!急ぐぞ!」


〜正木時茂 酒井敏房〜


 我らは奇襲が始まる少し前から城から出て向田川を堰き止める場所に来ていた。砲撃が始まり空砲が鳴るときにある一定の間隔で空砲が撃たれれば決壊させる合図となる。その合図に合わせて我らは水攻めを行い落ち着いた頃に騎馬隊で追撃を行う。


 「酒井殿、今回の突撃は相手の将を討ち取ることよりも兵を殺し、相手の被害を拡大させることが目的でござる。あまり一騎打ちに拘らぬようにお願い致しますぞ。」


 昔ながらの武人である酒井殿は個人の武勇を重視する傾向にあるため一応釘を刺しておく。


「わかっておりまするぞ!しかし!相手への損害を与え、向こうが申し込んできた場合は男として受けますぞ!」


「はぁ、分かりました。ならばしっかりと損害を与えられるようにしてくだされ。」


おうっ!と元気よく返事をした酒井は気が良さそうだ。こちらは胃が痛い。とりあえずは殿の仕掛けが成功するまでここに釘付けにする事、もしくは撤退させるにしてもボロボロの状態にして敗走させることが目的になる。


今の状態では後者を狙うしかないな、と1人時茂は考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る