第56話

三井虎高


 「敵陣!渡河を開始いたしました!」


 「うむ、ご苦労!」


一応こちらからも見えてはいるが報告を聞いておく。今川の軍勢は兵達に必要最低限の武具のみを着させてなるべく早く川を渡れるように工夫しているようだ。


こちらとしては遅くても早くてもどちらでも良いがな。


「敵の中陣が半分ほど渡った所で砲撃を開始せよ!」


相手の中陣が渡河を開始したのを見て配下達に命令を出しておく、後は現場の土岐と原が機を見て撃ちかけるだろう。我々もそろそろ準備しておくか。


「擬似竜騎兵達の用意をせよ!我も砲撃が始まれば前に出る!」


「「ははっ!」」


三の丸の裏手から準備させておいた騎馬隊に合流し出陣の準備をする。総勢500の騎馬隊に射手が同数だ。機動力では劣るがその分射程と連射力で制圧力を上げている。


馬に乗ると丁度砲撃が始まったようだ。


「者ども!聞けい!我らが慈しみ皆で作ってきたこの農民の楽園が今、今川によって侵されようとしている!我らが死ぬような訓練をし、鍛錬を積んできたのは今この時のためである!遺憾なくその力を発揮せよ!我らに必要なのは華々しく散る蛮勇ではない!石に齧りついても生き恥を晒しても生き残って我らが国を守ることである!いざ!出陣!」


我らは門を出て若宮神社の隣にある川の隣から平野帯に出て行く。そのまま川の方へと馬を走らせていく、その間、間髪入れずに砲撃が続いている。砲兵にいる観測班がこちらを見ているであろう。彼らが我らの出る姿を見て砲撃を止める。


「虎高殿、相手の先陣は岡部元信と朝比奈泰朝だそうです。中陣では太原雪斎が布陣しており砲撃に晒されながらもこちらを目指して方々に散りながら向かっております。」


風魔が林の中から出てきて敵の状態について説明してくれる。


「そうか、陣容はどうなっている?」


「現在こちらには騎馬隊で蒲原城に突貫している部隊があります。岡部元信が率いる騎馬隊です。とりあえず城に取りつけばどうにかなると思われているのでしょう。」


「まあ、あながち間違ってもないがな。来たとしても他の守る手段があるだけだ。なら、我らはこちらに向かってくる騎馬隊に対して遅滞戦術を行おうと思う。酒井敏房殿に対しては後方に残っているであろう本体に対して突撃をお願いしておいてくれ、そのあとは無理せずに裏手に戻ってこいと。」


「はっ!」


風魔のものが居なくなるのを気配で察知してからもう一度周りを見渡す。皆の士気は上々だ。


「大将殿、我はどうすればよろしいでしょうか?」


「ん?時茂殿か。我らの役目は敵を引きつけながら弓矢で敵を削ることだ。なので突撃したりはしないので時茂殿の武勇をみせるわけにはいかないのだ。申し訳ない。だが、部隊の指揮を任せたい。我も指示を出すが敵が二手に分かれた場合などは反対側を任せる。」


「はっ!お任せくだされ!」


時茂殿は不満そうな顔など一切見せずにいる。それはそうだろうが軍学校に行ったのであろうものは基本的に北条が行う軍略について基礎知識をもっている。そのため、その作戦の意義を理解できるのであまり不満は出ないのだ。

それに我が殿ならばしっかりと評価してくれるのもあるだろうがな。


「時茂殿、ここだけの話だが相手を撤退に追い込んだ際の追撃戦は乱戦になるだろう。その時に我と一緒に突っ込もうぞ。」


ニヤリと笑いかけると時茂殿は一瞬ポカンとした表情を浮かべた後獰猛な笑みを浮かべうなずいて下がっていった。

あの、正木兄弟の兄だぞ。勇猛でないはずがない。楽しくなりそうだと思っていると敵の姿が見えてきた。砲撃から逃れる為に必死になってこちらに向かってきているな。


「よし!敵の姿を確認したぞ!射撃体制用意!順次敵に向かって狙撃を開始しろ!一当てしたのち下がりながら連射だ!」


パシュンッ


特徴的な弓の音をさせながら真っ直ぐに力強く敵を貫こうと矢が飛んでいく。相手は最初の一撃で50人ほどが戦線を離脱した。敵の指揮官であろう男が周りに指示を出し二手に分かれた。彼らは矢を避ける為に出来るだけ体をかがめ馬の背に顔を隠す。


「時茂殿反対側は任せますぞ!」


「はっ!」


「退けい!退けい!」


我らは馬を走らせて敵から距離を取りながら後ろの射手に攻撃を任せる。


「あてさえすればいい!連射しろ!」


敵は連射出来ることを知らない為発射間隔の短さに驚き戸惑っている。このまま減らせるところまで減らすかと考えていると肉薄しようと損害覚悟で突っ込んでくるかと思った敵は追撃をやめ射程外へと逃れる。しかし、離脱するわけでもなくこちらを睨みながら距離を保っている。


流石にやるな。こちらが砲撃を精密に行えないことを理解しているのか?だがお前達をここまで引きつけたこと自体が作戦が成功しているんだよ。


後ろから歩兵隊がやってくる。あれが雪斎が率いる中陣か。相手が右手左手、奥に一隊ずつの我らから見ると四角の頂点となるように分かれている。狙えるものに対しては狙撃を行わせているがあまり効果はないかもしれんな。


ジリジリと蒲原城の方へと押しやられている。だがこれでいい、あとは酒井殿に託すだけだ。

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