第50話

〜今川義元〜



 静かな、しかしどこか清涼な雰囲気の漂う雅な一室で海道一の弓取りが思案に耽る。


 パチリ パチリ 


 愛用の扇子を手に打ち付けながらいつものように考えをまとめる。違うのは傍に師である雪斎と母であり女傑の寿桂尼が控えている事だ。


 我が領内の立て直しも終わり、不安要素も限りなく取り除けた。今年の田植えも終わり秋まで時間があるこの時期。仕掛けるなら今ぞ!


「海道一の弓取りである今川義元が命ずる!弓を持って馬を曳けい!全軍に通達せよ!今こそ伊勢から我らが河東を奪い返す時が来たと!出陣する!」


「「はっ!」」


 ここに戦国の英傑が1人、今川義元が動き始める。


〜武田晴信〜


「御屋形様!今川が動き出しました!武田にも動いて欲しいとの連絡が!」


「わかっておる。既に信繁に命じて一ノ瀬の方から蒲原の上に行く道を進ませておる。それとは別に甘利を河口湖の方から御殿場に抜けるようにもな。そう今川に伝えよ。」


伝令は晴信の命令の素早さに驚きながらも、言われた通りにすぐに今川へと戻るため急いで伝えに行く。


「ふっ、隙を見せれば喰らうてやるぞ、北条の倅よ。」


今川が勝っても負けても武田にとってより良い条件となるように思案を巡らせる虎が甲斐に居た。


〜上杉憲政〜


 「そろそろ今川が動き出す頃ぞ!こちらも呼応して動けるように古河公方と朝定、長野に声をかけておけ!」


 武蔵、相模から伊勢を追い出してやるわ!


〜古河公方 足利晴氏〜


 「上杉からの連絡が来たぞ!伊勢めが動いたら我らも武蔵に侵攻じゃ!関東を我がものにしようとする不届き者めを成敗してやる!宇都宮、那須、佐竹、小田、結城に出陣の準備を怠るなと命じておけ!」


 1545年夏、今北条に対する大包囲網が形成されたのである。


〜北条氏政〜


「殿」


 音もなく小太郎が忍び寄り声を掛けてくる。


「ついに動き始めたか?」


「はっ!今川義元が駿府の今川館に軍勢を集めており、もうそろそろ出陣の号令をかけるようです。」


「軍勢の規模は?」


「今川義元本隊5000、太原雪斎が軍師として付くそうです。他には朝比奈泰朝隊1500、岡部元信隊1500、鵜殿隊1000、飯尾隊1000の1万は最低いるのでは、と。蒲原へ攻めかかるには道が狭いためそこまで大量動員はしていないようです。」


「何?岡部元信とはまだ若年だろう?それが一隊を任せられているのか?」


元信が出てくるのは必然だが、まだ父親が健在のはずでは?


「はっ!副将に久野宗能が付いているそうです。岡部元信の勇猛ぶりに注目した今川義元の差配だそうで期待されているそうです。」


「ふむ、気にかけておくように虎高に伝えておけ。大丈夫だと思うが残りの動員に気をつけよ。安房の時のように我らが知らぬ道を通って蒲原に突撃してくるやも知れぬ。まあ、山の上にあるし早々落ちはせぬだろうがな。」


「勿論にございまする。武田については未だ行方知れずでございます。出陣自体はしたようですが、動きが早すぎて動員した兵力と動かした将についての情報が集まりませなんだ。武田晴信本人は居城から動いてはおらず、今川からの伝令が行き来していることくらいしか分かりませなんだ。申し訳ございませぬ。」


「いや、甲斐よりも今川を重視したまでよ。命じたのは俺だ、気にするな。まさに、風林火山の名に恥じぬ動きだな。風のように素早く、林の如く静かに、山のようにどっしりとしている。一応警戒を密にしておけ。奴のことだ、隙を見せたら喰われるぞ。」


「はっ!」


 「さて、我らも動くか。直勝に命じて上陸隊の準備をさせよ!俺もそちらに向かう!河東全域は虎高の命に従え!後は予定していた通りに動くぞ!ここからは詰将棋のようなものだ!誤ることなく油断せずにいくぞ!」


「「ははっ!」」

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