第22話


 結局俺が心配していたような事は全く起こらなかった。雰囲気でしかないが、敵は何か焦っているようで攻撃がおざなりになっているみたいだった。


 岬町嘉谷を抜けて万喜城を目指す。目の前には広い田圃が広がっており、細長い列を作って進まねばならず、中々に危ない場面ではあったが、城下町のような平地に入り、なんとか軍として行動を取る。


 城下町の民達は城に籠っているのか、どこかに逃げているのか知らないが見当たらない。大丈夫だとは思うが、建物の中からゲリラのような事をされても困るので風魔達に調べさせる。


 その間にいつものように黒鍬衆達は小型の陣地を作り上げる。向こうの弓矢は届かない距離ではあるが、何があるかは分からないため開けた場所に陣を敷き、建物は申し訳ないが幾つか壊させてもらい、木材として利用する。


 必要最低限にしか手を出さずに、町はできるだけそのままにしておく。できれば民の反感は買いたくはないからな。一応だが相手の城に矢に手紙をつけて撃ち込んでおく。


 降伏の条件を書いたものだ。上手くいくかは分からないが、しないよりはマシだ。それと農民達は武器を持たずに農業に集中するなら町や村に戻っても襲わない事、なんなら税を1年取らずに北条の農業のやり方を教える事、こちらに来たら飢えずに腹一杯で過ごすことを保証すると、彼らの心を折るような事を書いて矢を撃ち込んでおく。


 実際どれだけ書状の内容を読める奴がいるかは知らないが、これで少しでも口伝えに聞いて逃げてくる奴らがいれば、我も我もとなってくるだろう。そのまま俺たちは砲撃をすることなく過ごした。


 〜土岐為頼side〜

 我らに稲村の地が奪われたことが伝えられたのが今日の朝。そして北条の軍が上陸してきて攻めてきたのも今日だった。命がけで伝えにきてくれた兵は安心するとその命を終えた。


 手厚く葬ってやったが我らはそれどころではなく、地理的に優位を取り北条を追い返すつもりが、むしろ相手の未知なるナニカ、多分てつはうのような武器で攻撃を受け、盾持ちの兵がどんどんと死んでいった。


 それのせいで兵達は混乱して撤退する羽目になった。本当ならば山の方から駆け降りて分断挟撃するつもりだったが、稲村城陥落の動揺混乱と相手の乱破による山狩りのせいで策を弄することができなかった。


 そして、城に引いてからは心を攻めてくる。飢えずに襲われることなく、安全で豊かな生活を送れるという内容の農民向けのものと、我らに降れという投降を促す文だ。


 そして具合が悪いのが、北条では名家や農民出身など気にせずに実力主義で、土地を持つよりも銭か米を俸禄として貰えること。中抜きがなく治めている土地分の俸禄が丸々貰え、自領の開発まで北条がやってくれるという事だ。


 我らが伝え聞く北条の噂は百姓の天国だ。そして武士が文武問わずに活躍できるという魅力的なものなのだ。実際この文に心動かされている諸将は多い。


 土地は手放すというよりは内政統治を委任するという形で我々には得しかない。強いて良くない点を挙げるとすれば好き勝手に軍を動かしたりできないということくらいだろうか。


 実際心を動かされているのも分かる。何よりも私が心揺れているのだ。殿、義堯様には私の娘を娶っていただき、親族として重役の地位を貰っていた。


 だが、北条は稲村城を押さえ、万喜城の目の前まで来ており、見たことも聞いたこともない新たな兵器で我らを攻めようとしている。


 ここで万が一追い返せたとしても、久留里城から援軍が来る可能性は低い。と言うのも真里谷城には千葉の奴らが援軍に来ており、いくら殿が強いと言え全てを平らげ、北条に手を出されずに援軍を送るなど不可能に近い。


 と、心を決めるか迷っていると、


ドォダーン


 天雷が落ちてきたような音がして思わず身をすくめる。何が起こった!?とりあえず外を見に行ってみると、城門が粉々になっており、見るも無惨な姿になっているではないか。


 そしてまた矢が飛んできて前に落ちてくる。その紙を開いて中身を読んでみると、


「土岐為頼殿の武勇は知っております。私、北条伊豆守氏政の元でしっかりと働いて欲しい。其方の武勇を天下のために、民のために、身近な大切の人のために奮って欲しい。

 お主が降ってくれれば主家の里見家も悪いようにはしない。民の命を無駄にすることだけはしないで欲しい。


 もし、それでも武士として戦うというのならば、天雷の武器でお相手いたそう。


 北条伊豆守氏政   」


と書いてあった。民のため…身近な人のため。最善は何か。心はもう揺れてはいない。武器を外し、狩衣の姿で粉々になった門を潜り、北条の軍に自然と足は向かっていた。

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