第6話 改竄された記憶

 10月の連続殺人事件は発生から約2週間後に幕を閉じた。その犯人はボクが気まぐれでアセンブルを投与したあの少年だった。犯人が未成年だったこともあり警察はその情報を公にはしなかったが、ボクがそれを知っていたのは彼を“見ていた”からだ。犯行に及ぶその瞬間もバッチリと。当たり前だがそれを警察に垂れ込むようなことはしなかった。そのせいで彼は次々と犯行を重ねていったわけだ。

 でもまさか甲斐くんを殺したのがあの少年だったとは思わなかった。これを運命の悪戯と言わずしてなんというって感じだ。


 今回の実験結果はでは得られるものも多かったが、喜んでばかりもいられなかった。

 

 事件のせいで街にはたくさんの警察官が動き回るようになり、仕事がやりにくくてしかたなかった。しかも事件が終わってようやく街は落ち着きを取り戻したかというタイミングでうちに佐伯さんが訪ねてくる事になって、組織内はもうてんやわんやだった。


 …………


 佐伯さんから駅に到着したという連絡を受けて大河くんが迎えに行くことになった。30分ほどで2人が事務所に帰ってきた。


 人払いを済ませ、部屋には佐伯さんとボクと大河くんの3人だけになった。


 ここ最近ボクはあまりいい結果を出せていない。そのことを咎めるために直接ここに来たのだろうと予想していたが、佐伯さんの話はまったく別の話題だった。しかもそれはボクの予想の斜め上を行くものだった。


 佐伯さんは『叛逆する者たちレイブンズ』の今後のあり方について語った。


 今うちでメインで扱っているアセンブル。それを買いたいという人間が現れた。ただクスリを買いたいと言っているわけじゃなく、その事業全体を買収したいという話だった。組織力および資金力は『叛逆する者たちレイブンズ』と比べて先方のほうが圧倒的で、佐伯さんは二つ返事でそれに乗った。


 ただその時に相手からいくつか条件が出された。まずはアセンブルに関する情報を独占したいということ。しかしこれは難しい条件だった。なぜなら『叛逆する者たちレイブンズ』の構成員の半分以上がその存在を知ってしまっている。中にはそれがどういう薬物なのかより詳しく知っている者いる。

 そんな全員に口止めして回るのは現実的ではない。それにたとえ約束を交わしたとしても別の組織に移譲されてしまえば約束を破るものは絶対に出てくる。ここは曲がりなりにもアンダーグラウンドな人間の集まりだ。そんな連中に“遵守”という言葉が通用するわけがない。


 そこで佐伯さんは考えた。アセンブルに関す情報をある一定上知っている者を消してまわろう、と。


 その中には当然ボクと大河くんも含まれている。


 嫌な汗が全身から吹き出していた。もう夏は終わったというのに体がやけに暑い。それはきっと大河くんも同じだ。


「でも本当に2人を消すつもりなら、こんな話わざわざ聞かせたりしない」


 たしかにその通りだ。佐伯さんは気取られる前に問答無用で他人の命を奪える人間だ。だったらなぜそんな話をしたのか。佐伯さんはこう続けた。


「それが2つ目の条件に関わってくる」


 先方から出された条件その2。楡金八重と卯佐美明里を保護してこちらに引き渡してほしいとのことだった。


「――え?」


 思わず聞き返していた。どうしてここでその2人の名前が出てくるのかわからなかった。しかもその2人だってアセンブルのことをそれなりに知っている人物で、どちらかと言えば殺される対象の人間だ。


「詳しくは教えられない。でももしこの条件を達成してくれればきみたちは殺さないでおいてあげる」


 卑怯な条件定時の仕方だと思った。


 そんなことを言われたら、はいわかりましたと首を縦に振るしかない。そうでなければボクも大河くんも殺されるんだから。ボクが返事をする前に大河くんが早々に「わかった」と返事をした。


「その2人を引き渡せば俺たちの命は保証してくれるんだな?」


「ああ。もちろん」


 それからボクたち3人はいつどのタイミングでそれを実効するかを話し合った。その話をしながら、ボクは少しだけ考えていた。


 攫った2人を引き渡してどうするつもりなんだろうか。引き渡したらもう二度と楡金くんと会えなくなるのか。そんなの悲しすぎるじゃないか。


 離ればなれになる……


 だったらそうなる前に楡金くんと――


「あ、そうそう。ひとつ言い忘れてたけど、」佐伯さんはいつもの細い目を開けルビーのような赤い瞳でボクを射抜く。


「2人に傷をつけるような事は許さない。にするなって意味も含むから、いいね?」


 ボクは身が縮み上がらせた。ボクの考えていたことが筒抜けになっていた。口に出していったわけじゃない。表情にだって出していない。


 それなのにまるでボクの心を読んだかのようだ。たとえそうだとしても納得だ。


 ボクは今、佐伯さんが魔女の異名で呼ばれている所以を実感していた。

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