3-5 time to come 中編
私は二階堂さんに怒りの視線を向けていた。
「『
この状況を唯一人理解している二階堂さんが言う。
「えー? そうなのー?」
犬塚さんが私を見上げる。私が何も言わずにいると犬塚さんは体を離してトタトタと二階堂さんたちの方へ走って行った。
「ここに何をしに来たんですか?」
「さっきも言ったろ。助けに来たんだよ」
「助けに?」
「ええ、そうです。『
「発振器?」
「指輪に似せて作った発振器です」
「ゆびわー! 八重ちゃん結婚するのー?」
「腰を折るんじゃねぇっての」
お兄さんが犬塚さんの口をふさいだ。
私は合点がいった。あの指輪は発振器だったのだ。私が見たときは箱の中は空だったから、おそらくそれは今も八重様が持っているのだろう。
「そうだったんですね」
私は安堵のため息を漏らす。あれに深い意味などなかった――そうとわかると二階堂さんに対する怒りの感情が急激に冷めていく。
「逆にあなたが『
二階堂さんの顔は真剣そのものだった。
私は迷った。仕方がなかったとはいえこれまで私が悪の片棒を担いでいたことは紛れもない事実。それをこの人たちに話してもいいのかと。正義感の強そうな二階堂さんのことだから、本当の私を知ったら敵対してしまう可能性だってある。
――敵対?
私は何を考えているのか、私は『
「どうしました? もし話したくないのなら無理には」
「いいえ……」
別に話したって構わない。ただ一つ条件をつけることにした。
「離す代わりにお願いがあります」
「何でしょう」
「八重様を助けてください」
「ええ。もちろん」
二階堂さんは自信たっぷりに言った。
それを聞いて私はこれまでのことを話すことにした。告解するかのごとく、これまでのことを吐露していった。
家族のこと。誘拐事件から始まり『
「なるほど。中々かハードな人生を送ってきたのですね」
二階堂さんは吟味するように唸った。
「なるほど……じゃねえぇよ!」犬塚さんのお兄さんが声を荒げる。「なあアンタ。いま佐伯撫子って言ったよな?」
「はい」
私は首を縦に振った。
「アンタと巨乳のネエちゃんを引き渡すってことはここに佐伯撫子が来るってことだよな?」
「八重様のことをそんなふうに言うのはやめてください」
「うぁ、あ、わりぃわりぃ。で、来るんだよな?」
「ええ。おそらく」
「マズいぞこれ」
お兄さんが苦悶の表情を浮かべる。
「佐伯撫子というのは確か『
「ムリに決まってんだろ。アイツはオレたちが束になっても勝てる相手じゃない。逆に殺されるぞ」
「そんなに強いんですか?」
「強いとか弱いの話じゃねぇんだ。とにかく理屈が通用しない女んだよ! ――おい、さっさと目的を果たしてずらかるぞ。じゃないとマジでヤバいからな!」
「なるほど。わかりました。で、卯佐美さんはこれからどうします?」
「おいおい! どうするも何もオレたちの敵だろ?」
「いえ。先程の彼女の話を聞く限りでは無理やり従わされていたとも解釈できます。ですよね?」
それは当たらずとも遠からずだ。
「そうなのー?」
「どうでしょう」
曖昧に濁した。私が二階堂さんたちの敵かどうかはどうでもいいのだ。今はただ八重様の無事が確保できればそれで満足だ。
「卯佐美さんは僕らと一緒に来るべきですよ」
「え?」
「だってそうでしょう? 佐伯撫子は楡金さんとあなたの身柄を受け渡せと命令してきた。しかしあなたたち2人がその後どうなるかについてはわからないわけですよね? もしかすると殺される以上の責苦が待っているかもしれないのですよ? それを踏まえた上で佐伯撫子とともに行くのか僕らとともに行くのかということです。聡明なあなたならどちらを選ぶべきかわかるでしょう?」
「でも私は『
「それを知っているのはここにいる僕ら3人だけです。口裏を合わせれば隠し通せないこともない」
「マジかよ。巻き込むきかよ」
「いいよー! 明里ちゃんと戦うのヤダモン。ないしょ! ないしょ!」
その提案は願ってもないことだった。それでもまだ私には不安材料が残っていた。そんな私の心を読んだかのように二階堂さんが続ける。
「もしかして楡金さんに自分の正体がバレることを恐れているんですか? それなら僕らとともに彼女のもとに行って何食わぬ顔で「八重様、助けに来ました」と言えばいいんです。なにより――」
二階堂さんが言葉を区切り溜めを作る。
「あなたは楡金さんのことが好きなんですよね? それ以外になにか理由が必要ですか?」
「二階堂さん……」
悩むほどのことでもなかった。
佐伯撫子と一緒に行けばどうなるかわからない。二階堂さんたちと行けば運がよければ逃げられる。最悪逃げ切れなかったとしても私と八重様の命は一時的にではあるが保証される。
人生は辛いことのほうが多いけど、生きていればいいこともある。昔キャサリンに教わった考え方だ。たぶんそういうことなのだろう。
「わかりました。皆さんと一緒に行きます」
「賢明な判断です。では急いで楡金さんのもとへ向かいましょう」
「ねーねー」その時犬塚さんが緊張感のない声で横槍を入れた。「入り口で倒れてた人って明里ちゃんがやったのー?」
「おい、今はそんなことどうでもいいだろ」
お兄さんがやれやれと首を左右に振った。
「あの、入り口に倒れてたニ人というのは?」
状況が理解できていない私は訊ねた。
「『
「殺されていたんですか?」
すると3人が同時に肯定する。
こちらが見張りを立てていたのは間違いない。その口ぶりからこの人たちがやったのではないとすると、二階堂さんたちよりも前に誰かがこの施設に侵入したということになる。でもそれなら監視カメラを見ていた本宮さんが気づかないわけがない。
「まさかとは思いますが。もう来てたりするんですか?」
二階堂さんがボソリとつぶやく。誰がとは訊かなかった。この場所に目的を持ってやってくる人物などひとりしか思いつかないからだ。
「そういえば、佐伯撫子は『
それは正しい。そんな彼女は理由はわからないけど私と八重様を欲していて、私たちを引き渡す交換条件として本宮さんと大河さんは殺されずに済むことになっている。
「考えるのはあとにしましょう。とにかく今は――」
その時、二階堂さんの話を遮るように銃声が響いた。その音に真っ先に反応したのは犬塚さんだった。
「おい、真理絵! 勝手に突っ走んなっての!」
私たち3人は出遅れる形で犬塚さんの後を追った。
――――
たどり着いたのは、二階堂さんたちが来るまで私と本宮さん、大河さんが休憩室として使っていた部屋。そしてそこには事切れている大河さんがいた。
「マジかよ……」
それを見たお兄さんが一言。
大河さんは腹部を撃ち抜かれて息絶えていた。さっき殺されたばかりで、服を濡らす赤いシミは今もまだ広がっていた。自慢の鍛え抜かれた肉体も銃弾の前には意味をなさなかったようだ。
「あー、大河さん死んじゃったー」
「佐伯撫子の仕業でしょうか?」
「それはないはずです。監視カメラの映像には二階堂さんたちが入ってくるところしか映ってませんでしたから」
「ここは巨大迷路のような構造になっているんですよね? だったら別ルートで先回りされた可能性は?」
「ない……はずです」
監視カメラの設置されている場所は地下一階へ降りた階段の天井部分。なぜなら巨大迷路のスタート地点はそこにしかないから。でも、もし仮に施設の入口から地下へ降りる階段までの間に別の方法で地下に降りる道があるとすればカメラに映らずに地下へ降りることも可能になる。でももしそんなルートがあるなら本宮さんがそれを知らないはずない。
「でもここって『
「ねーねー。ここにもうひとりいるんでしょー?」
犬塚さんの言葉で私は思い出した。ここにあるのは大河さんの遺体だけで本宮さんと八重様はいない。
「八重様!!」
私は叫びながら物置へ続く扉を開いた。けどそこにいるはずの八重様の姿はなかった。
「なんだ、いないのか?」
「卯佐美さんの話では、大河さんの他に本宮という人物がここにいるんでしたよね? その人がここにいないということは」
「まさかもう佐伯撫子に連れて行かれたあとってことか?」
「いえ。違いますね。それだと大河さんが殺されている理由に説明がつきません。おそらく楡金さんを受け取ったあと佐伯撫子の気が変わったか、あるいは二人の命を助けるというのは嘘だったんでしょう。
目の前で大河さん撃たれるのを見て本宮さんは逃げ出したと考えるのが普通でしょう」
「んで、佐伯撫子はそれを追いかけたと」
「はい。今のところ銃声は一発しか聞こえていませんから本宮さんは生きているのでしょう」
「今も逃げ続けているということですか?」
「ええ。しかし、ここは巨大な迷路です。僕らの耳に銃声が届いていないだけの可能性もあります……が、一旦それは無視しましょう」
「例のネエちゃんがいないのはどういう理由だ?」
「八重様は気を失った状態で物置にいたんです。一人で逃げることはできないはずです」
「佐伯撫子が楡金さんを連れて行くなら、一旦ここにおいておいて二人を始末したあとまたここに戻ってくればいいだけの話です。ですが現実はそうなっていない。だから考えられる理由としては本宮さんが楡金さんを連れて行ったのでしょう」
「は? なんでわざわざ連れてくんだよ。邪魔なだけだろ」
「おそらく盾にするつもりでしょう。楡金さんの保護を頼んだ佐伯撫子には彼女を殺せませんから」
「あの、これからどうすれば?」
こうやって話している間にも八重様は危険にさらされている。一刻も早く助けに行かなければならない。でもこの迷路のような施設内を闇雲に探し回るのは得策ではない。
「わかるよー!」
すると突然犬塚さんがそんな事を言いだした。
「あのねー、ちょっとだけ火薬のにおいがするのー。だからねー、それを追えばいいと思うよー」
「でかしたぜ真理絵!」
お兄さんが犬塚さんの頭を撫でた。
「そう言えば匂いで卯佐美さんを見つけたんでしたね」
犬塚さんは部屋を飛び出していく。
「追うぞ!」
私たちはそれに続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます