3-4 time to come 前編
お見合いにでかけた八重様の帰りを待ちながら事務所で作業をしていた。しかし作業に身が入らない。八重様のことが気になって仕方ないのだ。
八重様はちょっと話をしに行くだけだと言っていた。その話というのは他でもないアセンブルについてだ。相手があの二階堂さんであることが何よりの証拠。
アセンブルに深く関わることで八重様のみに何が起こるかわからないという不安。
夕方になって事務所のインターホンが鳴った。八重様が無事に帰ってきた……一瞬そう思ったけど八重様ならわざわざインターホンは鳴らさないと気づく。
お客さんだ。無視するわけにはいかず、気落ちしながら扉を開けると、そこにはひとりの男性が立っていた。
「よう」
筋肉質なその男性は軽く手を上げて挨拶する。
「今八重様は所要で席を外しているんです。よかったら中で待ちますか?」
「いや、依頼じゃないんだ。本宮結の遣いって言えばわかるか?」
本宮結。それは私の裏の雇い主の名前だ。
「あの人が? どういう事ですか?」
「とりあえず中にはいるぜ」
大河さんはズカスカと事務所内に上がりこんで応接用のソファに座った
「しっかし、まさかアンタもアイツの下で働いてたとは思わんかったぜ」
「…………」
アンタも……つまりこの人も私と同じように雇われているということだ。
人の入れ替わりが激しい組織なので常に構成員全員を把握するのは難しい。それ以前に私は他のメンバーになど興味はなかった。
「『
「え?」
アセンブル。誰がなんの目的で作ったのかわからないクスリの名前。本宮さんが指揮する上納市支部ではそのアセンブルというクスリを不特定多数に使用させ、使用者がどういう反応を示すかを上に報告するというのが主な仕事だと聞かされていた。
つまり本宮さんの支部に所属するメンバーは全員その対象に含まれる。
そして大河さんは組織の人間というふうに限定しなかった。そこには当然八重様も含まれる。
恐れていた事が現実になってしまった。
ところが先程から大河さんは特にこれと言って恐怖に怯えている様子はない。
「冷静ですね。殺されるのに」
「うん? ああ。とあることを条件に助けてもらえる手はずになってんだよ。その条件ってのが楡金八重と卯佐美明里を保護して引き渡すことなんだとよ」
「……え? どういうことですか?」
意味がわからなかった。
「さてね。俺にはわからん。でもそれをやれば命は取らないってんならやるしかないだろ? なあ?」
「それは……そうですね。――それで私と八重様はあなたについていけばいいのですね?」
「いいや、そいつは駄目だ。アンタは問題ないが楡金の方は簡単にはいかないだろう。事情をぜんぶ説明すわけにもいかんし、説明しなかったらしなかったで警戒されるに決まってる。そうなりゃ絶対拒否されるだろうな」
おそらく大河さんの言うとおりになるだろう。私としても自分が『
「どうするつもりですか?」
「少々眠ってもらってその間に攫う。まあ誘拐だな。その準備はしてある」
「その役目。私にやらせてください」
「ああん?」
「八重様に手荒な真似をしてほしくないんです」
この人に八重様に触れてほしくない。
「わかったよ。じゃあ俺は外に停めてある車ん中で待ってる。こっちのことはお前に任せるよ」
大河さんは持っていた薬品をテーブルの上において立ち上がり外へ出ていった。私はその薬品をポケットに入れて自分のハンカチを用意する。八重様が帰ってきたらそれに薬を染み込ませて気絶させるだけ。
事務所内の電気をすべて消して私は闇に息を潜めた。大河さんが出ていってから30分ほど経っただろうか、帰ってきた八重様が事務所に入っていくのを確認した。事務所の外で待ち伏せていた私は少し時間を開けてそっと扉を開けて事務所に侵入した。私を呼ぶ八重様の声が聞こえてきた。八重様は私を捜して二階の居住スペースを駆け回っているみたいだった。
そっと階段を上がる。
八重様が私の部屋があるさん階に上がるのを確認してからその後を追う。部屋に入ったのを見計らって後ろから手に持っていたハンカチで八重様の口と鼻を覆った。八重様がジタバタと暴れまわるが私を振りほどくほどの力はない。やがて八重様の体はぐったりとなった。八重様がちゃんと気を失っているのを確認してから彼女の体を一旦床に横たえた。
「すみません。八重様」
気を失った八重様に向かって謝罪の言葉を口にする。
それから八重様の体を抱えようと膝の下に手を入れようとしたとき私の手に硬いものに触れた。暗がりでよく目を凝らして八重様の腰のあたりに目をやるとズボンのポケットが奇妙な形に膨らんでいるのがわかった。気になった私は八重様のズボンに手を入れた。ザラッとした肌触りの四角いなにか。取り出してみるとそれはフロッキー加工された白い四角い箱だった。
それだけでもうそれが何かなんてことは丸わかりだった。私は何の躊躇いもなく箱を開けた。
「……うん?」
箱の中には何も入っていなかった。まさかと思い八重様の左手を確認する。しかしそこに指輪らしきものがはまっている形跡はなかった。
――これはつまり。形だけの……というやつだろう。
男性が女性にプロポーズする際、先にケースだけ渡して中身は後日用意するという手法があると聞いたことがある。
それを八重様が受け取ったということは……
「八重様……どうして……」
私は心臓を締め付けられるような気分になった。手から力が抜け持っていた箱を取り落とす。
「――おい……何やってんだ」
部屋の外から聞こえてきた大河さんの押し殺した声で我に返る。外にいた大河さんがしびれを切らして事務所に入ってきたのだ。
「おい……いるのか?」
再び大河さんの催促の声が聞こえてくる。
「大丈夫です。今行きます」
気を取り直して八重様の体をお姫様抱っこの要領で抱えて立ち上がった。部屋を出る際にふとさっき私が落とした指輪のケースが視界に入った。
「……。――ッ!」
それを見て無性に腹が立った私はあてつけるように思いっきり箱を踏み潰してから部屋の外に出た。すると姿勢を低くしながらゆっくりと歩く大河さんがすぐそこまで来ていた。
「おい! 今なんかすげぇ音がしたぞ!」
それは私が箱を踏みつけた音だ。
「問題ありません。行きましょう」
私は冷静に言って大河さんとともに本宮さんが待つというアジトに向かった。
……………………
…………
アジトの奥。倉庫に八重様を寝かせ隣の休憩スペースへ移動する。
「ふぅ。これでボクと大河くんの命は保証されたわけだ」
イスに座る本宮さんはテーブルの上のモニターの映像を見ながら安堵のため息をつく。モニターに映るのは監視カメラの映像だ。しかし安心したのもつかの間、監視カメラに不穏な動きがあった。
「ちょっと! 誰だいこいつらは!」
本宮さんの声に釣られるように私と大河さんはモニターを覗き込んだ。
「こいつらっ!?」
声を上げたのは大河さんだ。
そこに映っていたのは二階堂さんと犬塚さんとそのお兄さんだった。
「ん? 知ってるのかい?」
「いや、まあ、なあ……?」
大河さんが助けを求めるように私に視線を向ける。私は本宮さんに彼らが何者なのかを知っている範囲で説明した。
「つまりつけられたってことかい?」
間違いなくそうだろう。
ただ、こちらも細心の注意を払っていたはずで、誰かにつけられるようなヘマはやっていないはずだ。見られていないとすれば二階堂さんたちはどうやってそれを察知したのか疑問だった。
「ったく、キミたちもキミたちだけど、外にいる連中も何やってんだか」
私はディバインキャッスルで見た二階堂さんの体捌きを思い出す。あの技量があれば外の見張りを御するくらいわけないだろう。それよりも気になるのは、なぜ犬塚さん兄妹がここにいるかだった。
「とにかく、佐伯さんが来る前になんとかしよう。――で、どっちが行く?」
本宮さんが私と大河さんを交互に見遣る。私は倉庫とこの部屋を隔てる扉を見つめる。八重様を置いてここを離れるのは嫌だった。
「悪いがパスだ。二階堂とサシでやって勝てるとは思えん」
「じゃあ卯佐美くん。悪いけど行ってくれるかい」
「勝てる見込みが無いのはこちらも同じですが?」
「二階堂みたいな奴は女には手をあげんさ」
悔しいけどその意見には同意だった。結局私が彼らのもとへ出向くことになった。
でもこれはちょうどいい機械だと思った。ちょっとやそっとでは男の人になびかないであろうあの八重様をかどわかした男。一体どんな手を使ったのか問いただそう。
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