3-3 私の物語 後編

 後日、誘拐された私の両親が遺体で発見されたという報道がなされた。それから私の周りの環境は目まぐるしく変わっていった。両親の顧問弁護士を名乗る男性があらわれたかと思うとあよあれよという間に事が進んでいく。そもそもその弁護士も本宮さんが手配した人だった。

 家は売り払われ学園も辞めることになり、私は本宮さんが属する『叛逆する者たちレイブンズ』の一員として働くことになった。


 私に与えられた任務はいわゆるスパイだった。その潜入先はあの楡金探偵事務所。仕事の内容は2つ。1つは楡金さんが『アセンブル』というクスリについて調べているらしく、彼女がどこまでその情報を持っているかを探ること。もう1つは楡金さんのプライベートを収めた写真を撮ってそれを提出すること。前者は実にスパイらしい活動だった。でも後者にはなんの意味があるかまったく理解できなかった。


 私は本宮さんの作った台本にそって楡金さんを説得。そうしてまんまと楡金探偵事務所に入り込むことに成功した。

 楡金探偵事務所で住み込みで働くようになってから、私は楡金さんを八重様と呼ぶようにした。最初はものすごく嫌がられたけど頑なにそう呼び続け、いつしか八重様呼びが定着した。


 …………


 探偵の八重様をサポートしつつスパイ業務をこなす日々は中々に大変だった。理由は私の頭がそんなによくないことにあった。学生の頃から私は頭がいいと勘違いされることが多かった。自分ではわからないけど外見は聡明に見えるらしい。でも実際は真逆で学園での成績も下から数えたほうが早かったほどだ。じゃあ運動はできたのかというとそちらもまったくと言っていいほどダメだった。そんな私が探偵の秘書として働くには自分を改革することが絶対だった。出来が悪いからクビだと言われればスパイどころの話ではない。


 私は徹底的に自分を鍛え上げた。八重様の隣に立つに相応しい存在となるべく身を粉にして文武に励んだ。

 週に一度の定期報告も欠かさない。八重様の姿を収めた写真を言われた通り提出した。本人に写真を撮ってもいいかと声をかけたら絶対に理由を求められると思ったからすべて隠し撮り。八重様にバレないよういろんな彼女を記録していった。

 八重様がうたた寝をしているところや真剣な表情で資料に目を通している姿。それから笑顔の八重様に着替え中の八重様などなど……

 定期報告をこなしていくうちに本宮さんが八重様に特別な感情を抱いていることは気がついた。するとどういうわけか私の方も自然と八重様に女性的な魅力感じるようになっていった。自然と写真も凝るようになり、そんな写真を見て本宮さんは満足そうに腕を上げたじゃないかと褒めてくれた。


 褒められて嫌な気はしない。ただ……


 私は八重様のプライベートな部分を目で追っていくうちに彼女に対して性別の垣根を超えた好意を抱くようになっていった。


 一方、アセンブルに関する調査に進展はなかった。自分なりに調べを進めるもアセンブルのアの字も見つけることはできずにいた。


 …………


 その年の夏のこと。


 本来の目的である『八重様がアセンブルについてどこまで知っているのか』についての調査が遅々として進まないことに本宮さんがしびれを切らした。そんな彼女が私に下した命令は、


「ボクが直接事務所に忍び込んで調べる。だから彼女を事務所から引き離してほしい」


 引き離す方法は八重様と一緒に遠くへ出かけることだった。


「実はボクのツテでディバインキャッスルのチケットが入手できるんだ。適当な理由をつけて彼女を誘えないかな?」


 普段自分の欲望を押し通すことのない私がいきなり八重様にディバインキャッスルに行きたいなどといえば正気を疑われてしまう。そこで私が思いついたのは八重様の叔父さんを利用することだった。

 つい先日、八重様は叔父さんの息子さんに関する相談に乗ったと言っていたのでそれを利用することを思いついた。それで本宮さんに叔父さんからのお礼という程で事務所宛にディバインキャッスルのペアチケットを送ってもらうことにした。


 こうして私と八重様は2人でディバインキャッスルへと赴くことになった。でもまさかその場所で、あのような事件に巻き込まれるとは思ってもいなかった。

 そしてその事件お終わりに私は八重様の口から“アセンブル”という言葉が飛び出すのを聞いてしまった。


 八重様がアセンブルに関する情報を持っていることが確定した瞬間だった。


 ――――


 本宮さんの潜入調査で一応の収穫があった。

 八重様はアセンブルに関する調査のデータをビューティープロテクト――通称BP社――が提供するレンタルドライブ(ネット回線を通じてデータを保存できるサービス)に保存しているのだろうというのが本宮さんの見立てだった。

 BP社はこの国でもトップクラスのセキュリティを誇るネットワークビジネスの最大手。本宮さんはそこにハッキングをしかけてデータを盗むことはできないかと言ってきた。正直無理だと思った。


 ここ2年ほどでパソコンのことに相当詳しくなったという自信はあったけれど、ハッキングはまた別の話だった。今から勉強していたらいったい何年かかるかわからない。そこで私が考えた方法はその技術に長けている人、ハッカーを味方につけることだった。幸いなことに私の知り合いにその手の技術を持っている人いた。その人は『アイ』というハンドルネームの人で、私が普段遊んでいるソーシャルゲームの同じギルドに参加している人だった。実際に会ったことはないけれど他に手がない以上アイさんに頼むしかなかった。

 アイさんをプライベートチャットに誘って自分のやりたいことを伝えた。もちろん他言できない情報は伏せた。でもさすがに相手があのBP社では分が悪いかなと思っていると、アイさんは「できる!」と間髪入れずにチャットを返してきたのだった。 

 それから私とアイさんは入念な準備をしてハッキングに臨む。そのさなかに偶然にもBP社にハッキングする必要がある依頼が舞い込んできた。私はこれを好機と捉えた。なぜなら八重様の前で堂々とハッキングに向けた作業をしていても怪しまれないからだ。


 その依頼を受けてから約2週間後、私とアイさんは見事ハッキングに成功した。受けた以来をこなす傍らで八重様の持つ重要データを盗み出す。

 わかったことは八重様はアセンブルに関してほとんど何もわかっていないということだった。私がここで働く以前にいろいろなところに足を運んでいる形跡はあったがそのどれもが無駄足に終わっているようだった。


 私は内心ホッとしていた。


 八重様がアセンブルに関する重要な情報を持っていたらどうなるかについては聞かされていないけど、いい結果にはならないことは容易に想像がついていた。『叛逆する者たちレイブンズ』が反社会的勢力であることを考えれば自分たちに不利益をもたらす人間を生かしておくはずがないから。


 本当によかった――と、心の底からそう思った。

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