2-2 encounter

 車の速度を落としながら脇道に立つ2人にゆっくりと近づいていく。


 これはまた何の因果だろうか……


 車を止めて2人を車内に迎え入れる。


「おー、二階堂さんー!」


 最初に後部座席に入ってきたのはツインテールの少女、犬塚真理絵いぬづかまりえさんだった。昨年の夏、ディバインキャッスルで知り合うことになった少女だ。その時は彼女は万葉学園の制服を着ていたが今はトレナーにパンツスタイルという比較的動きやすい恰好だ。


「へぇ、依頼人がアンタとはね」


 次に入ってきたのは彼女のお兄さんだ。こちらはディバインキャッスルから帰宅した際に一瞬だけ顔を合わせたことがある。言葉をかわすのは今回が初めてだ。彼は前回見かけたときとほとんど変わらないポップな服装をしている。


「ノアというのはお二人のことで間違いないんですかね?」


「ああ。オレたちがノアだよ」


 2人が後部座席に腰を落ち着けるのを確認して僕は車を発進させた。


 それからノアに関する話を聞かせてもらった。


 ノアとは正確には彼らが所属する組織の名で、依頼さえあればどんな仕事でも請けるいわゆるなんでも屋だった。興信所勤めの自分と同じような境遇であるが決定的に違うのは必要ならば犯罪行為もいとわないという点、構成員は戦闘に長けた精鋭揃い。

 つまり彼らも相当な手練というわけだ。お兄さんの方は雰囲気からしてわかるが妹の方はとてもそうは思えない風体だ。どう見ても10代なかばの少女。中学生――実際は高校生だが――にしか見えない。

 アセンブルの捜索もそんな彼らの仕事のうちのひとつであるらしい。僕らのように色んな情報を集めてというのは同じだがノアは武闘派らしく、時に『叛逆する者たちレイブンズ』の人間を拷問したりして情報を引き出し、時に組織同士の抗争に突入したりだそうだ。話だけ聞けば決定的に僕とは住む世界の違う人間だ。アセンブルに関わることはそれだけのリスクを負うことも理解している。だからこそ彼らの存在は非常にありがたい。


 とは言え、合流した2人はまだ若く、日々戦いの中に身を置いているような血なまぐさい雰囲気は微塵も感じない。


 ――ですがまあ、所長のお墨付きであるならば今はそれを信じるしかない。


 僕は言い聞かせるように自分を納得させた。


「ねー、今日はどんなお仕事ー?」


「おや? 所長から聞いていないんですか?」


「ああ、オレたちはただ上からそこに行けとしか命令されてない。んでそこで待ってたらアンタが来たんだ」


「そうでしたか。――この車は今『叛逆する者たちレイブンズ』のアジトに向かっています」


「マジかよ! アンタどう見ても素人だろ? なんでまたそんなことに?」


「楡金さんを救うためです」


「八重ちゃん!」


「ああ、あのときのふたり組か。たしか巨乳のネエちゃんの方だな」


 その認識の仕方はどうかと思うが間違ってはいない。


「でもなんで彼女が」


 僕は彼女がどうして攫われることになったのかその理由を説明した。


「なるほど。まさかあのネエちゃんがアセンブルに関わってたとはな」


「八重ちゃん殺されちゃうのー?」


「そうならないために助けに行くんですよ」


 そう言いながら楡金さんの居場所を記す端末を指差す。


「なるほど、そのポイントを追ってるわけか」とお兄さんが納得した瞬間、発振器の示す場所が止まり、消えた。「――っておい、消えたぞ!」


 発振器の信号が途絶えた。相手が発振器の存在に気がついたか電波の届かないところへ連れて行かれたかだ。今は後者であることを願って追跡を続けるしかない。

 僕がお兄さんに端末を操作するよう指示すると彼は後部座席から身を乗り出して端末を操作する。履歴を遡り通信が途絶える直前の位置を地図上に表示させた。


「とにかく今はそこへ向かうしかありません」


 信号の途絶える直前の場所に近づくにつれて車の数が少なくなってくる。やがて廃村の入り口にたどり着いた。

 林道のような場所人工的な光の届かないこの場所が恐怖を演出する。音は自分が運転している車の音だけ。あとは本当に静かなものだ。

 僕は一旦車を止め端末を確認する。楡金さんの位置を知らせる信号が消えた場所はそのさらに奥に行った場所だ。ヘッドライトが示す地面には比較的新しい轍が出来上がっているのが見える。僕がさらに車を進めようとアクセルに足を乗せると、「待った。車はここまでにしたほうがいい」とお兄さんが後部座席から言う。


「見張りがいるかも知れないだろ。こっからは徒歩で行こう」


「そうですね」


 さすがプロフェッショナルというところか。


「その端末も置いてけよ。暗闇ん中だと目立つからな」


 もちろんそのつもりだ。僕は端末が記す場所を記憶することに集中した。


 僕らは車を降りて村の中に入った。地面にできた轍をなぞるように歩く。村の様子は長い間人が生活していない寂れた雰囲気は夜の闇も相まってひとしおである。僕と違って2人は周囲に気を配りながら歩いている。特に真理絵さんの変化は著しい。今の彼女はさながらハンターのよう。僕の知っているのほほんとした雰囲気はそこにない。


 ――これが彼らの本当の顔、ですか。


 車中で頼りなさそうだと感じた非礼を心のなかで侘びた。


 歩くこと数分、村には相応しくないコンクリートの四角い建造物が見えてきた。たどっていたタイヤの跡はその建物へと続いている。建物の上から吊るされた投光器が入口を照らしている。その光はそこに人がいることを示していた。現にその脇には2台の車が止まっているのが見えた。


「ちょっと待っててねー」


 そう言うと犬塚さんは僕とお兄さんを残して離れる。彼女は慣れた様子で建物を一周して戻ってきた。


「入り口は1個でー。窓はなくてー。人はいなさそーだねー」


 喋り方は相変わらずだが所作は堂にいっている。


「よし。二階堂さんアンタはしんがりな」


「はい」


 もとより先を行くつもりはない。多少護身術に覚えはあるが此処から先は彼らを当てにするほうが心強い。


 僕らは建物の入口に近づいた。


「あれー?」


 唐突に先頭を歩く犬塚さんが間抜けな声を発する。


「どうした!? って、なんじゃこれ?」


 お兄さんも入り口付近の茂みを見て驚いた様子を見せる。僕も2人に倣い茂みに目を向けた。するとそこには横たわる2人の男がいた。正確には、


「死んでいる?」


 倒れる男たちは2人とも腹部から血を流して事切れていた。


「らしいな。しかも血が乾いてない。さっき殺されたばっかりってとこか?」


 お兄さんが携帯用のライトを取り出し遺体を照らしながら言った。


 でもそれは妙だ。今この状況で仲間割れが起きたとは考えにくい。だとするならば敵対する何者かが2人を殺してこの建物に無理やり入って行ったということになる。


「僕らやノア以外に『叛逆する者たちレイブンズ』と敵対している組織があるんですか?」


「まあ、同業者同士でドンパチやってるって話は聞いてるが」


 いわゆる反社同士の抗争。でもそういった連中は互いに不可侵、不義理のルールを守ってさえいればそうそう争いになることはない。


「完全に敵対している組織はないと?」


「たぶんな」


 ならこれは一体誰の仕業だというのか。


 ……いや、心当たりがない訳ではない。楡金さんが攫われたことを知ったら、おそらくならやりかねない。


「ねー。早く助けに行こー?」


「と、そうでしたね」


 こんなところに長居している暇はないのだと思い出す。


 犬塚さんが扉を開ける。僕らは建物内に入った。建物内も無骨なコンクリート壁に覆われていた。お世辞にも居住に向いているとは言えない内装だ。

 犬塚さんが先行して建物内を調べて回る。僕とお兄さんはその犬塚さんのあとに続く。


「妙だな。誰もいねぇ」


 これまでに会ったのは入口前にいた2人だけだが、彼らは死んでいたので実質誰とも会っていないに等しい。死体すら見受けられないとなると先に入ったと思われる謎の人物が敵を倒してくれているわけでもなさそうだ。

 だが少なくもどこかに楡金さんを攫った人物がいるはずなのだ。


 先行していた犬塚さんがトテトテと戻ってくる。


「地下の階段見つけたー」


「でかしたぞ。真理絵」


 お兄さんが犬塚さんの頭をなでた。


「どうやらそこが僕らの目的地のようですね」


 …………


 地下への階段を降りるとその先は正面と左右に伸びる通路になっていた。迷っている時間が惜しいということで右の通路を行くことに決めひた走る。同じような景色が続く。そしてまた十字路。しばらく走ってわかった。ここは巨大迷路のような構造になっているのだ。


「なるほど。内部に見張りがいない理由がわかりましたよ」


「必要ないってわけだな」


 正解の道を辿らなければ迷い続けて疲弊して最悪死に至る。加えて代わり映えのしないコンクリートの壁が続く構造。窓のたぐいはなく外の様子もわからない。時計がなければ時間の感覚も失われ、精神的にも疲弊する。人によっては発狂錯乱するというわけだ。


「まいりましたね」


 自分たちもその地獄に片足を突っ込んでいることに気づく。正直どこをどう進んだか覚えていない。入り口に戻ることもままならない。


「一応入り口からのルートは記憶してるが。戻るか?」


 最悪の想像をしていたところに救いの言葉が投げかけられる。その風体とは真逆だが僕の目にはお兄さんが天使に見えた。


「それもやむなしかもしれません」


「……なんでにやけてんだよ気持ち悪ぃな」


「こっちからいい匂いがするー!」


 僕とお兄さんが来た道を戻ろうとすると犬塚さんはどんどん先に進んでいく。


「おい、ちょ待てよ!」


 僕らは犬塚さんを追いかけた。


「匂いってなんですか?」


 僕にはそんな匂い一切感じられない。


「あいつは鼻が効くんだよ」


「なるほど」


 “犬”塚だけに匂いに敏感なのかもしれない。


「アンタ今すげぇくだらねぇこと考えたろ」


 どうやら顔に出ていたらしい。


 犬塚さんを追いかけて走っていくと開けた場所に出た。そこにはひとりの女性が立っていた。

 そして犬塚さんがその女性を見つけた瞬間彼女に駆け寄っていって抱きついた。


「明里ちゃーん!! 見つけたー!!」


 そう、そこにいたのは卯佐美明里さんただひとりだった。


「美人のネエちゃんか。アンタひとりか?」


「はい」


 相変わらず感情の読めない表情と抑揚のない返事だった。う。


「お久しぶりですね卯佐美さん」


 どうやら僕の予想通り攫われた楡金さんを追って彼女もここに来ていたようだ。だがそうなるとやはり入り口の遺体は卯佐美さんお仕業ということになるのだろう。


「…………」


 返事はない。こころなしか凄く敵意を向けられているように感じたが相変わらずのの無表情なのでそれも正確かかどうかわからない。


「楡金さんはどこに?」


「八重様はあなたには渡しません」


「おいおい。オレたちはそのネエちゃんが攫われたって聞いて助けに来たんだぜ。どういうことだよ?」


 お兄さんは状況が飲み込めていないようだった。犬塚さんは卯佐美さんに抱きついたまままだ再会の喜びに浸っている。


「なるほど、そういうことですか」


 きっと僕だけがこの状況を理解できている。


 僕と同じように楡金さんを追いかけてここまで来たのなら彼女の口から『楡金さんを渡さない』という言葉が出てくるのはおかしい。その発言はどう考えても僕らと敵対する者の言葉だ。


 そもそも、お見合いの席で楡金さんに『反逆する者たちレイブンズ』の話をして、警戒しろと注意を促した矢先にこういう事態が起こることが出来すぎている。

 でも今その答えがわかった。もし卯佐美さんがの人間なら今回のタイミングの良さと手際の良さもうなずけるというものだ。


 しかし盲点だった。まさか彼女――卯佐美明里が『反訳する者たちレイブンズ』の仲間だったなんて。

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