2-1 chase
お見合いが終わったあと楡金さんと外で待っていた彼女のお母さんの2人を車で美容室へ送ってあげた。着替えが終わってから家まで送りますよというと、電車で帰るからいいと楡金さんには断られた。おそらくお見合いの席での僕の提案について一人であれこれ考えたいのだろう。
一方彼女のお母さんはお言葉に甘えようかしらと乗り気で、家まで送ってあげることになった。その道中八重はどうだったか、気に入ったか、2人でどんな話をしたのかと根掘り葉掘り訊かれた。それを別段煩わしいとかは思はなかったが、やはり娘のことが心配なんだなという感想を抱いた。
楡金さんのお母さんを無事送り届けたあと滞在中のホテルへと戻る。ひとり夜道を走りながらお見合いのことを振り返る。
楡金さんのお父さんは元警察官で退職後に探偵業を始めたらしい。その最中でアセンブルのことを調べていたという。
うちの会社に協力依頼を持ってきた早乙女さんは、警察内でアセンブルの存在を知っているのはごく一部の限られた人間だけだと言っていた。その一部の人間、つまりこちらの味方となってくれる人たちのリストは確認済みだがそのなかに楡金さんのお父さんは含まれていなかった。楡金という珍しい名字がリストにあれば僕が忘れるはずがない。その時点ですでに警察を辞めていたからリストから外れていた可能性はあるが、その場合は早乙女さんから一言あったはずだ。
以上のことを踏まえて考えれば楡金さんのお父さんは探偵業を営むようになってからアセンブルの調査を始めたというわけだ。
「そして彼は近づきすぎた。その結果殺されてしまった」
言葉にするとなんともやりきれない気分になる。しかし楡金さんのこの話には疑問点もある。探偵というのは誰かからの依頼を受けて初めて調査のために動く。つまり楡金さんのお父さんにそれを依頼した人間がいるということだ。
「いったい誰が……」
一般市民からの依頼と考えるのは妥当ではない。なぜなら一般の人間がアセンブルのことを知っているはずがないからだ。
アセンブルの味を覚えた薬物常習者が楡金さんに仲買人の捜索依頼を出していたという可能性はある。僕のように表向きに興信所として看板を出している探偵はそういった依頼はまず受け付けないが、個人探偵の場合はそうとは限らない。秘密裏に非合法な以来に手を出したりする人間もいることを僕は知っている。しかし、元警察官の人間がそれをやるかというと答えは否だろう。
すると考えられるのは、まったく違うベクトルの依頼を受け、それを追っているうちに偶然アセンブルに行き着いてしまったという可能性だ。
だがそうであっても、元警察官という経歴がネックになる。彼はそれなりの嗅覚を持っているはずで、みだりに危険に踏み込むようなことはしないはずだからだ。
なんにせよ僕自身楡金さんのお父さんに俄然興味が湧いてきたのは紛れもない事実だ。
宿泊先のホテルに到着し部屋に戻ると先に帰っていた所長が僕の部屋の前で落ち着かない様子で立っていた。
「ん?」僕の存在に気づいた所長が慌てた様子で僕のもとに駆け寄ってくる。「大変じゃよ!」
この仕事に就いて長い所長は滅多なことで取り乱すことはない。その所長が慌てているということは一大事である。僕は冷静に返した。
「何かあったんですか?」
「発信機にが動きがあったんじゃ!」
「なんですって!?」
驚かずにはいられなかった。発信機というのは僕がお見合いの席で楡金さんに渡した指輪のことだ。それが動いたというのだ。何かあったときのために彼女の事務所近くにホテルを取っておいて良かったと思う反面、こうなってほしくなかったという思いも抱いた。
「彼女の事務所からどんどん遠ざかっておる。速度から見て車だ。間違いない」
「どこかに出かけているだけという可能性は?」
「絶対にないとは断言できんの。じゃがこんな遅くに出かけるのかの? それに警告はしたんじゃろ?」
所長の言うとおりだ。僕はお見合いのときに楡金さんに自分が今どういう立場にあるのか説明した。彼女はそれをわかっていてフラフフラと出歩くような無警戒な人間ではない……と思う。ともあれ行動を起こさないわけにはいかない。
「すぐに追いかけます!」
「待つんじゃ。もし彼女が攫われたのだとしたら相手はあの『
「ではどうしろと?」
警察は駄目だ。確かな証拠がなければ動いてはくれないだろうし、騒ぎを大きくすれば楡金さんの命にも関わる。
「いい考えがある。今から“ノア”に連絡する」
「ノア?」
突然出てきた聞き覚えのない名称に思わず首をひねる。
「とにかく急いでワシの言うとおりにするんじゃ」
僕は所長に言われるままに駐車場に行き、発信機の位置が表示された端末を車のダッシュボードの上に固定した。
『準備ができたらすぐに出発じゃ』
スピーカーモードにしたスマホから所長の急かす声が聞こえてくる。僕はその指示に従い車を発進させた。車を運転しながら繋いだままのスマホ越しに所長と会話する。
『ノアと連絡がついた。手の空いている者がいるから道中でひろってくれとのことじゃ』
「わかりました」
僕は所長が指定した場所をナビに入力しまずはそちらを目指すことになった。
『君は素人なんじゃから無理はせんようにの』
「ええ。心得ていますよ。スマホはこのままで?」
『いや、何かあったときのためにスマホのバッテリは多めに残しておいて損はないじゃろ。健闘を祈っとるよ』
そいうと所長は通話を切った。
夜の道を法定速度ギリギリのスピードで走る。もっとスピードを出して一刻も早く楡金さんのもとに駆けつけたかったが警察に見咎められては元も子もない。歯がゆいがここは規則に則ることにする。
「それにしてもいくらなんでも早すぎですよ」
僕と楡金さんのお見合いしていたのはほんの数時間前だ。さっきの今でこの事態の動き用は出来すぎていると言ってもいい。もしかすると――いや、もしかしなくても楡金さんがアセンブルを暴こうとしていることはすでに『叛逆する者たち』も知っていたのだろう。こうなることはもう決まっていて、僕が彼女に接触したことで事が急速に進んでしまったのだろう。
楡金さんを守るために動いたつもりが完全に裏目に出てしまった。
「……っ!」
僕は苛立ちを隠せず拳でハンドルを叩く。
ただ、相手が楡金さんたちをその場で殺すのではなく、僕の見立て通り攫うという手段に出た事は不幸中の幸いと言えた。生きてさえいればこうして救いに行くことができるのだから。
それに、まったく望みがないわけではない。楡金さんのところには卯佐美さんがいる。一度しか会ったことはないが、その一度で彼女が只者ではないことは十分理解できた。また彼女が楡金さんのことを一段と大切に思っていることも。その卯佐美さんが何も行動を起こしていないわけがない。
彼女は必ず動いているはずだ。僕とは違う方法で楡金さんを救うため行動しているに違いない。
「もうそろそろですね」
最初の目的地が見えてくる。ヘッドライトの先に2人の人物が立っているのが見えた。2人のうちひとりがタクシーを止めるかのように手を挙げる。車の速度を落とし距離が近づく。
そこにいたのは意外な人物だった。
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