1-2 お見合い
わたしが「お見合いする」というとお母さんは最初鳩が豆鉄砲食らったように一瞬固まった。
口ではお見合いしろお見合いしろと言うけど、お母さん自身まったく期待していなかったのだろう。だからわたしの予想外の答えに反応に窮したのだ。でもすぐに満面の笑みを浮かべ「そうかいそうかい。ついにその気になったんだねぇ」とわたしの肩をバシバシと叩いた。
お母さんを騙していることに対して引け目を感じながらも調子を合わせて話を進める。詳しい日取りも決めなきゃねとお母さんは年甲斐もなく軽やかな足取りで事務所を後にした。
一方明里は相変わらずの無表情だけどわたしにずっと心配そうな目を向けているのがわかった。
明里はわたしがアセンブルを追っていることを知らない。だから今回のお見合いを受ける理由が明里には理解できていないのだ。わたしが結婚したら自分はどうすればいいのかわからない……そんな不安が今彼女を悩ませているのだろう。
だからわたしは彼女を慰めるように「心配しないで。ああでも言わないと絶対お母さん帰らないから。結婚なんてするつもりないから」と説明する。
「そうなんでか?」と納得する明里。
こうしてわたしは二階堂さんとお見合いすることになった。
…………
お見合いの場所は隣市にある料亭で行われることになった。わたしには一生縁がないと思われる品格ある場所で二階堂さん側が手配してくれた。ここまでしてもらっておいてなんだが、本音を言えばもっと近場を手配してくれてもよかったのではと思った。
目的地に向かう前に料亭の近くにある美容室で着付けとメイクをしてもらってお見合いに臨む。料亭に到着すると案内されたのは庭園に面したお座敷だった。そこにはすでに二階堂さんと知らないおじさんが座って待っていた。
所定の位置に座ると自己紹介を兼ねた軽い挨拶が始まると、二階堂さんの隣に座るおじさんは彼の職場の社長さんだということがわかった。
「それにしてもまさか八重と二階堂さんが知り合いだったなんてねぇ」
二階堂さんがわたしと顔見知りだったことを口にするとそれを起点に話題を広げていく。
「知り合いと言ってもほんの少し顔を合わせた程度ですよ」
「八重、どうして言わなかったんだい?」
「え、いや、だって」
お母さんの興味を引く情報を与えたくなかったからだ。現にお母さんは「これって運命ってやつじゃないの」と満更でもない笑顔を浮かべますます二階堂さんを気に入った様子。わたしはこうなることを嫌っていたのだ。
それから母さんと二階堂さんと社長さんの3人で話が盛り上がっていった。
わたしはといえば、借りてきた猫のように静かにテーブルの上に並ぶ料理に視線をさまよわせるばかり。しかも慣れない着物でものすご落ち着かない。しばらく続いた3人の談笑が一段落つくと、お母さんと社長さんが後は若い2人で――とお決まりの台詞を口にして部屋を出ていった。
パタンと戸の閉まる音がした後で部屋に静寂が訪れる。
2人には悪いがこれで邪魔者はいなくなった。わたしの待ち望んでいた時間がやってきた。ようやく当初の目的だったアセンブルに関する情報を聞き出そうと顔を上げると、
「とても可愛いですよ」
いきなり二階堂さんがそんな事を言いだした。
「へ……? かわ、いい?」
完全に出鼻をくじかれた。しかも普段言われ慣れてないセリフを耳にしたせいで脳がそれをちゃんと理解するまでにラグが発生した。
――かわいい……可愛い……
言葉の意味をようやく理解すると顔の温度が上昇いていく。
「ど、どどどどうせお世辞でしょう!? ほんとは馬子にも衣装とか思ってんでしょ」
「いえいえ。素直な感想ですよ」
「そ、そんなことより! アセンブルですよ!」
わたしは照れを隠すように無理やり話題を変えた。二階堂さんは右手の人差し指を口の前で立てた。
「声のトーンを落としてください。ここは所長が懇意にしている料亭ですので比較的安全ですが、万が一ということもあります」
「う……、はい」
わたしは素直に従った。
「それにしてもさすが楡金さんです。このお見合いの意図は理解していただけているようですね」
そりゃそうだ。そうじゃなきゃお見合いなんてしない。
「まず結論から言います」二階堂さんの表情は一転し真面目な顔つきになった。「これ以上アセンブルに関わるのはやてください」
「え?」
てっきりアセンブルに関する情報を教えてもらえるものだとばかり思っていたわたしは面食らう。
そんなわたしをよそに二階堂さんが続ける。
「最近アセンブルに関わっている者が次々と殺されているのをご存知ですか? 以前からその徴候はあったんですが、昨年末あたりからだいぶ活発化しているんです」
初耳だった。
「その様子だと知らなかったみたいですね? つまり楡金さんはそんな事も知らずにアセンブルの調査を続けていたということですか」
二階堂さんは呆れたように言う。
「どうせわたしはその程度ですよ!」
バカにされて頭にきたわたしは言い返した。
「その程度だという自覚があるならこれ以上アセンブルの調査を進めても無駄です。真実には永遠にたどり着けない」
「嫌ですよ!」
わたしはなんとしてもお父さんの死の真相を知りたいのだ。
「あなたは何もわかってない。アセンブルに関わることは危険なんです。アセンブルを扱っている組織は冷酷無比。今はまだあなたは目をつけられていないから安心していられるかもしれませんが、彼らにそれが知られればただでは済まない」
「それでもわたしは――」
たとえ自分がどうなろうとも……
「自分はどうなってもいい。それでもアセンブルのことを知りたい。――そう思っているのかもしれませんが、あなたは自分が女性であることをもっと自覚すべきです。いいですか? 相手はあなたの尊厳など考慮してくれません。捕まれば最後です。男性なら捕まってすぐに殺されて終わりかもしれませんが女性の場合はそうはならない。すぐに殺されることはなく散々弄ばれ、たくさんの男たちの慰みものにされ、死にたくても死なせてもらえない地獄のような日々が続く。耐えられますか? いえ。普通の人間には絶対に耐えられない」
「うっ……、それは……」
自分が最悪な目に遭う想像をして不快な気分になるのをぐっと抑え込んだ。
「それでも楡金さんは自分がどうなろうとと言うかもしれない。ですが彼らの魔の手はあなたのお母さんや卯佐美さんにも及ぶかもしれないんですよ?」
「まさか。アセンブルを調べているのはわたしだけで、お母さんや明里は関係ないです」
「――と思っているのはあなただけです。粛清とは
「で、でも……」
言葉がしりすぼみになる。わたしの心は揺らいでいた。真相を知りたいと思う反面、明里やお母さんを巻き込むのは嫌だという葛藤が生まれる。
「そもそも楡金さんはどこでアセンブルの存在を知ったのですか? そしてなぜアセンブルのことを調べているんですか?」
別に話して聞かせる必要はなかった。けどその理由を話せばわたしが二階堂さんも納得して、うまく行けば彼から何らかの情報を引き出せるのではと思い、これまでの経緯を話すことにした。
きっかけはわたしのお父さんである楡金十三の死。第一発見者はわたしで、その状況は当時中学生だったわたしの目から見ても明らかな他殺だった。当然警察の捜査が入ることになり、事件現場となった父さんの事務所にあったものを根こそぎ押収していった。わたしは警察が犯人を暴いてくれることを期待したが、彼らは遺族であるわたしやお母さに何の説明もなしに早々に捜査を打ち切ってしまった。
しかも問題はそれだけじゃない。押収された品が戻ってきたときお父さんが仕事で使っていたパソコンの中に入っていたデータの一部が消去されていた。でもわたしは偶然にもそのデータのバックアップを持っていた。だからきっとそこになにかあるに違いないと確信して自分でお父さんの死の真相を突きとめようと思ったわけだ。
「それで、アセンブルに行き着いたわけですか」
わたしははいとうなずく。
「正直驚きました。素人が自力でその存在にたどり着くなんて」
「む。素人じゃなくて探偵ですけど」
「探偵だって最初はみんな素人ですよ」
「まあ確かにそうですね。でもそれはきっと血筋ですよ」
「血筋?」
「わたしのお父さんは元警察官なんですよ。その血がわたしに流れているわけだから素質はあるわけです」
と、自慢気に語って見せる。しかし二階堂さんは驚くでもなく、すごいと褒めてくれるわけでもなく、「へえ、警察官だったんですか」と静かに納得するように言って、訝しげな表情を作る。
「とにかく、そういうわけですから。わたしはなんとしてもお父さんの死の真相を知りたいんですよ」
なぜ死ななくてはいけなかったのか、そしてお父さんを殺した犯人は誰なのか。
「なるほど。つまり楡金さんはそれさえ知ることができればアセンブルの調査から身を引いてくれるわけですか」
「身を引くって……無理ですよ。真相を知るためにはアセンブルを調べないことには始まらないんですから」
すると二階堂さんはいいえと首を横に振って方法ならありますと断言した。
「楡金さん、僕と結婚しませんか?」
「……は? はい!? や、やめてくださいよ。わたしは結婚なんて――」
「僕は真剣ですよ。」
それは二階堂さんの顔を見ればわかる。彼はいつになく真摯な顔つきだ。
「僕は今後もアセンブルの調査を続けます。そんな僕と一緒にいれば楡金さんはその情報を共有できる。楡金さんのお母さんも一緒に保護してあげられますし、卯佐美さんだって僕の勤めている会社に来ればいい」
自分で調査するのではなく誰かに調査をしてもらうというのは今までなかった発想だ。たしかにわたしがこのまま調査を進めるよりそっちの方がより安全で、より早く、そしてより確実だろう。
「ああそれと最後にこれを受け取ってください」
極めつけと言わんばかりに二階堂さんが取り出したのは5センチ四方の四角い箱だった。その箱を見ただけで中身を見ずともわかった。
「マジですか……」
何のひねりもない。正真正銘の指輪ケースだった。わたしは箱と二階堂さんの顔を交互に見遣る。
いくらなんでも気が早すぎじゃないだろうか。
「それを肌見放さず身につけていてください」
二階堂さんはふっと笑みを作ってわたしを見つめるのだった。
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