アセンブル6 ―― time to come

桜木樹

第一章 time to come

1-1 突然の来訪者

 その日、何の前触れもなくお母さんが事務所にやってきた。呆然とするわたしの脇をすり抜け、「あらぁ、明里ちゃんてば一段とキレイになってぇ」と明里に声をかけたかと思えば、ズカスカと事務所の中に押し入って我が物顔で応接用のソファに座った。


「ちょ、何しに来たの!?」


 頭の整理が追いつかないわたしはお母さんに駆け寄り問いただした。


「何しに来たのとは随分じゃないの八重! 正月くらい顔だしなさいって言ってあるでしょ! なのにこの子ったらもう。――ねぇ?」


 まるで近所のおばちゃんと会話するみたいに明里に同意を求めた。恥ずかしいからやめてほしい。


 お母さんはわたしが子どものころからいつもこんなだ。町中とかで平気で遠くにいるわたしの名前を呼んだりとかできるタイプの人。いつもこっちが恥ずかしい思いをする羽目になる。


 お母さんと明里は初対面でなく何度か顔を合わせているけど、それでもやっぱりお母さんのそういう部分を見られるのは恥ずかしいと思ってしまう。


「お正月の件は前も話したでしょ。明里が一人になっちゃうから行けないって」


「それはこっちも言ったでしょ? 明里ちゃんもつれてきなさいって」


 それは絶対に嫌だ。家にいるときのお母さんの姿を明里には見せられないから……などと口にできるはずもなく、わたしは話題を切り替える。


「で、要件は何なの?」


 去年も一昨年もわたしは実家に帰らなかったけどお母さんは事務所を訪ねて来ることはなかった。それが今年に限ってここを訪ねてきたということは何かしら理由があるはずなのだ。


「ああ、そうだったわね。――実はお見合いの話を持ってきたのよ」


 お母さんは笑顔で言う。


「お……おおおおおお見合いっ!?」「お見合いですか?」


 わたしは驚く。明里も無表情のまま驚く。


「何言ってるの? わたし結婚とかしないって言ってるんじゃん!」


「何言ってるの、八重! あんたもうすぐ30でしょ? 30過ぎたら40なんてあっという間なんだから将来のことちゃんと考えとかないと駄目でしょ。――それにね、いつまでも明里ちゃんに迷惑かけてちゃ駄目なのよ?」


「いえ。私は八重様のお世話になっている方ですから――」


「ほら見なさい! 明里ちゃんにまで気を使わせて!」


「いえ。私は……」


 お母さんは明里の言葉を自分の都合のいいように解釈して話を押し通そうとする。


 けど、お母さんの言う事にも一理ある。このままずっと明里を自分の都合で振り回すのはよくないということは重々承知している。明里には明里の人生がある――


「ほら、ちゃんと写真だって持ってきたんだから」


 お母さんは背負っていた鞄をテーブルに置くと、中からアルバムサイズの台紙を取り出した。白く品のいいデザイン。


「とにかく会って見るだけ会ってみなさい。でないと紹介してくれた人に申し訳ないでしょ。――会ってみれば結婚したくなること間違いなしよ。なんせいい男だからねぇ!」


 最初と最後で言ってることとがチグハグなような気がした。それに、わたしは別にイケメンに目がないわけではない。


 ――ってか、お母さんの趣味で結婚させられるとか嫌だし。


 しぶしぶ。本当にしぶしぶながら台紙を受け取る。


 そして中を開くと、そこに写っていた人を見てわたしは固まってしまった。


「…………」


「ほらぁ、かっこよすぎて声も出ないだろ!?」


 お母さんは盛大に勘違いしていた。


 明里が脇から一緒になって写真を覗き込む。


「あ、この人はたしか……」


 そう、そこに写っていた人は紛れもなくあの二階堂さんだった。


 ――――


 二階堂申彦にかいどうのぶひこさんは以前わたしと明里がディバインキャッスルという場所に行った際に知り合った人で、わたしと同じ探偵を生業としているいわゆる二枚目な男性だ。


 ディバインキャッスルで起きた事件を切っ掛けにわたしは二階堂さんの素性を知ることになったんだけど、その時彼は『君にとっての偶然は別の誰かにとっての必然だ』というようなことを得意の手品を通してわたしに忠告してくれた。


 そして今回のお見合い……


 これは果たして偶然だろうか?


 否――


 おそらく必然。彼はわたしと接触を図ろうとしているのだ。仮にこの考えがわたしの考えすぎだったとしても、こっちにとってはチャンスだ。


 わたしは今お父さんの死の真相を追っている。それには“アセンブル”というクスリが深く関わっていることまではすでにわかっている。そして二階堂さんはアセンブルに関する情報を持っている。これはあのとき応えてもらえなかった話を聞くまたとない機会だ。

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