【Ex】勝負の行方

 リノは喧嘩が始まりそうな空気に背を丸めた。叶うことならば久方振りの羊肉をゆっくりと味わいたい。


「ゲンさーん。万がうぃちの時はよろふぃく」

「知らん。お前が肉を食いたいと言うから入ったんだろう。わしは貝が食べたかった」

「ふねない拗ねない、帰ったら干し貝でスープ作ってあげるから」

「……冷やせよ」


 もちろん、と頷くリノに幾分か持ち直したカワウソゲンはぬぅと面白くない顔をした。

 飲食店では動物同伴は断られるのが宿命だ。精霊だと食い下がったらしぶしぶと通されたのは、つい先程の話。

 骨についた肉を歯で剥がしながらリノは後方に神経を集中させる。


「あぁ、大丈夫だよ。姉ちゃん」


 横からの声にリノは胡乱げな瞳を向けた。リノと同様に明るい髪色と薄い色の瞳で、すぐに旅人だとわかる。

 ピルスナーを煽った旅人は子供の喧嘩を傍観するように頬杖をついて後ろに目をやる。


「ココの奴らは暴力は好まないんだ。気にするのは周りの評価だけさ」


 リノとゲンの顔に皺が寄る。

 旅人はニヒルな笑顔で顎をしゃくった。

 ボタンが飛び、二人―― 一人と一匹の間を抜ける。ガラスのコップに当たり響いた甲高い音はゴングのようだ。

 布が裂け、現れたのは浅黒くしなやかな肌。小高い丘のように描かれた優美な曲線は節から節へと繋がり、溢れんばかりの熱と張りを満たしていた。

 腕を横に上げ、肘を折り、拳を耳のすぐ横に置いたポーズは隆々とした体躯を魅せる一番の方法かもしれない。対する一方は腕を上に突き上げ、求愛する鶴のようなポーズを取っている。

 つまるところ己の肉体美を競いあっているだけなのだが、無言のむさ苦しい自慢大会は部外者にとってははた迷惑なこと極まりない。

 ゲンが故郷の言葉でぼそりと呟く。


「あれに勝っても嬉しくないのぉ」


 旅人はぴんとこない顔で勝敗を見守る。

 リノは正確に把握していたが、ゲンの短い腕を見た後、肉を食べることを再開した。



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