【Ex】旅人の都合

「あんたも旅の御方か。山焼きを見にきたんだろう」


 宿屋の店主に言われたリノとカウンターに短い両前足でぶら下がっていたカワウソゲンは互いの顔を見合わせた。


「おや、知らなかったのかい? 毎年、春香る月三月の八日に行う祭りさ。八と『発』をかけた縁起のいい日だから覚えやすいだろう」

「ここの幸運のまじないラッキーナンバーは『八』らしいな」


 目を瞬いたのは今度は店主で、言葉を話すゲンをまじまじと見ている。カワウソを精霊だと判断して、懸命な店主は台帳に記していたペットと書きかけていた文字を横線で消した。悩んだ末に『精霊一匹』と書いてあるが、荘厳なゲンが憤慨しない所をみると妥協な線と言えるのだろう。


「不思議だよね。他の国はvierเก้าだったりするし」

「たいていが縁起のいい言葉と発音が似てるからだけだけどな。そんなに数字にこだわる意味がわからん」

「困ったときには楽だよ。種を植える日とか家を建てる日取りとか」


 滑稽なとでも言いたげな渋面にも慣れているリノは深くは考えない質だ。


「じゃあ、8日までの宿泊を進めるが」


 続けて話そうとした店主は奥から呼ばれて、鍵を渡した後はすぐに引っ込んだ。


「いつにするんだ?」

「来週の明後日にしようかなって。山焼き興味ないし」

「7日だな」

「うん、二日もあれば捻挫も治るだろうし」

「医者にかからないのか?」

「節約したいの、次の国行くのに渡船に乗ってみたい」


 そうして一人と一匹は宿の部屋に二日間引きこもり、7日の朝に宿を出た。宿の者がが出てこなかったので失礼ながら内側から鍵を開けて誰もいない町へ足を踏み出した。

 全ての店は休業中で、家々のカーテンは閉められ、さながらゴーストタウンのようだ。

 渡船も出ていないし、橋の手前の関所も閉鎖されていた。店も宿も軒並み戸を閉ざし、途方にくれた。

 7日を忌み日とする地域で、一歩も外に出ないという風習を知ったのは明くる日の8日だ。



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