【Ex】一生分の星

 散歩に行こうと言ったのはリノだった。一人で行けと文句をたれる精霊ゲンを抱えて夜の街道へくり出す。


「星みたいだね」

「ランタンだろう」

「不思議生命体なのに、現実じみたこと言わないでよ」

「人を基準とするから不思議生命体なだけだろう。精霊を基準とするならばお前ら人間は滑稽だぞ」


 年寄りじみたことをのたまうカワウソゲンをおろしたリノはかわいそうな物を見る目で切り捨てる。


「ゲンさんには言われたくない」


 何おう、と小さな拳をふり上げるゲンを無視して無限に掲げられた光の道を歩いた。

 一生分の星が見れると伝え聞いた通り、空にも大地にも明かりが満ちている。行き着いた大きな広場にはランタンはひとつもなかった。噴水のふちに寄り添うよう座る人々がいるだけだ。

 不思議がるリノの耳にきらきらとした声が届く。


「見て! ながれ星!」


 指差されたのは空ではなく寝入った噴水だった。

 満天の星が水面を鏡にして映りこむ。

 流れ星にのばした手が波を作り無数の星を次々に消した。


「間抜けよのぅ」


 リノはゲンを睨むが、何処吹く風だ。

 少年よりも小さな体はよっこらせと縁によじ登り、揺れる水に目を細めた。

 無垢な瞳はゲンに訊ねる。


「セイレイなら、ながれ星つくれる?」


 名乗りもしないのに言い当てた少年をゲンは無言で見返す。

 夜闇でよく見えなかったリノは慌てた。精霊は気まぐれで人の予期せぬ所で怒りを覚える。付き合いのあるリノでも、いつ踏みにじってしまうのかわからないのだ。


「倅、一生忘れるなよ」


 噴水に飛び込むゲンは戯れの顔を見せた。水面から高く跳ね、月を囲うように体を捻る。垂直に落ちる姿はしなやかで見る者の目を奪った。

 たん、と星屑の鏡に両手を着くと水が上がる。広場を越え街に舞いそそぐ粒は星の滴だ。

 広げた手のひらに落ちたのは確かに星屑だった。瞬けば、水滴に戻ってしまう。


 リノが身震いするゲンをほめれば、小生意気に鼻で笑われた。



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